本年1月末に来日したアラン・ケイ氏は,グローバル情報社会研究所の藤枝純教社長(オープン・グループ日本代表を兼務)が主催したフォーラムに出席し,スピーチやディスカッションをした。その中でケイ氏は,「本当のコンピュータ革命はまだ起こっていない。我々はコンピュータの持っている可能性を十分に生かしていない」と語った。
 フォーラムで語られた話題は,ITの将来展望,同氏が在籍したゼロックスのパロアルト研究所(PARC)が数々の発明を生んだ理由,子供とコンピュータ教育,同氏らが開発した「Squeak」というオープンソース・プラットフォーム,日本のIT産業への期待などなど,多岐にわたる。IT Proでは数回に分けて,アラン・ケイ氏の発言を紹介する。

 以下は,1月27日,グローバル情報社会研究所の藤枝純教社長(オープン・グループ日本代表を兼務)が主催したフォーラムにおけるアラン・ケイ氏の発言内容である。藤枝社長や来場者から出された質問に,ケイ氏が答えた。今回は,「テレビとコンピュータを融合させる」といった主旨のアイデアに対するケイ氏の意見を紹介する。


 コンピュータはテレビより本に近い。本のダイナミックモデルがコンピュータだ。誰も本をテレビ上で見ない。テレビは議論もできない。

アラン・ケイ氏 コンピュータをテレビと同じように普及させようとして,たくさんのエネルギーをつぎ込むことはナンセンスだ。コンピュータをテレビと同じように普及させる必要はない。コンピュータはすべてのメディアを模することができる。

 本とテレビの違いについて考えれば,メンタル・コンテキストがまったく違うことが分かる。テレビはステンド・グラスについて多くのことを説明できても,民主主義については語らない。画像では理性的な説明はできない。テレビの30分の放送は,新聞の1列半の記事にしか相当しない。ほとんどゼロだ。あるストーリーの後にまったく関連性のない戦闘場面が現れる。それがどのような戦闘か分からないこともある。

 20年くらい前に,アメリカである少女が古井戸に落ちた。彼女の救出に58時間かかった。この事件がテレビで報じられ,世界中が注目した。その間に世界中で10万人の子供たちが病気で死んでいる。ホロコーストに相当する数の子供が毎年死んでいる。エイズなどの不治の病が原因のこともあるが,衛生環境の改善でほとんどの病気は解決できる。衛生状態が最も重要ということを理解できない国で多くの命が失われている。テレビはこのような問題の解決には無力だ。

テレビは考え方を教えない

 テレビは生活に浸透したが,テレビは考え方を教えない。このような製品をどのように使用するかを考える必要がある。会社員にとってのコンピューティングも同じで,紙の作業を模したいくつかのアプリケーションに過ぎない。何か特別のことができるわけではない。

 そのため企業でのコンピュータの使用方法は15年前と変わっていない。何の進歩もなく,停滞したままだ。コンピュータをすでに分かっている目的のために使おうとしている。アートとしての使い方はしていない。そのような状態では進歩はない。従って,子供たちにアートとしての使い方を教えることが必要だ。子供たちに,将来よい仕事につけるように教育するのではない。

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 藤枝社長は,このテーマについてケイ氏がかなり強い口調で言い切ったのが印象的であったという。藤枝氏はケイ氏の発言を次のように総括した。

 「コンピュータとテレビは絶対に一つにはならない。別物だ。テレビは人間の思考のプロセスを助けることはできない。コンピュータはそれができるはずなのに,まだ実はできない。1970年代からコンピュータも進歩していない」。