本年1月末に来日したアラン・ケイ氏は,グローバル情報社会研究所の藤枝純教社長(オープン・グループ日本代表を兼務)が主催したフォーラムに出席し,スピーチやディスカッションをした。その中でケイ氏は,「本当のコンピュータ革命はまだ起こっていない。我々はコンピュータの持っている可能性を十分に生かしていない」と語った。フォーラムで語られた話題は,ITの将来展望,同氏が在籍したゼロックスのパロアルト研究所(PARC)が数々の発明を生んだ理由,子供とコンピュータ教育,同氏らが開発した「Squeak」というオープンソース・プラットフォーム,日本のIT産業への期待などなど,多岐にわたる。IT Proでは数回に分けて,アラン・ケイ氏の発言を紹介する。

 以下は,1月27日,グローバル情報社会研究所の藤枝純教社長(オープン・グループ日本代表を兼務)が主催したフォーラムにおけるアラン・ケイ氏の発言内容である。藤枝社長や来場者から出された質問に,ケイ氏が答えた。今回は,「子供の早期教育をどう考えるか」という質問への回答を掲載する。

 第1回で紹介したスピーチの中で,ケイ氏は,「コンピュータ革命が進行するためには世代の交代が必要だ。子供が利口になれば,利口な大人が出てくる。しかし,過去20年間に子供のための有意義なコンピュータの進歩はなかった。だから,コンピュータ革命は停滞した。革命を起こすためには子供の教育が必要と思う」とコメントした。

 これを受けて,藤枝社長が「3歳くらいから始める早期教育の可能性をどうみるか。そのころから天井の高い部屋で育てるとスケールの大きな人に育たないか」と質問した。以下はケイ氏の回答である。


 子供の早期教育というときに,何歳が適当か,あまり小さくては無理ではないか,言語ならともかくコンピュータ技術を小さな子供に教えられるか,などの疑問が生じる。

アラン・ケイ氏と藤枝純教氏 数百年前には,子供たちにどうやって本の読み方を教えるかが問題だった。子供は,物に触れて周りの世界について学習する。では,3,4歳の子にどうやって読むことを教えるのがよい方法かという問題については,多くの人が,周囲にたくさん本を置いて,子供が本を読まざるを得ない環境を作ることがよいと考えた。子供は2歳ですでに脳がかなり発達している。子供に無理に本を読ませることはできない。自然に本を読む環境を作ることが重要だ。

 バイオリンの早期教育で有名な鈴木鎮一氏は,20歳代にドイツに留学してバイオリンを勉強した。ドイツ女性と結婚したのでドイツ語の習得は容易なはずだったが,ドイツ語の学習に苦労したとのことだ。

 あるとき,ドイツの子供たちは自然にドイツ語を覚える,という事実に気がついた。鈴木氏は,子供が自国語を学習するように,バイオリンを早期に教えることが効果的ではないかと考えた。早い時期に音楽を聴かせ,子供たちが自国語を覚えるようにバイオリンを教えるという考え方で,100年前のイタリアの有名な教育者モンテッソーリも同じような考えを主張している。

子供は論理的に考えられる

 もう一つの考え方は,子供が親を説得できる,という事実に注目することだ。子供は早い段階から論理的にものごとを考えることができる。社会制度についても理解できる。子供でも社会的天才もいる。複雑なプロットを把握できる子もいる。両親がどのような動機で行動しているかを理解することもできる。大人がそれを理解していないだけだ。子供が理屈を考えられるまで待つ必要はない。子供たちは,コンピュータに接することにより,結果と原因も考えることができる。

 楽器との類似性で言えば,ほとんどの子供は音楽が好きで,だから大人も音楽が好きなのだ。人間は,よく知らなくても好きになるようにできている。猫は音楽を理解できないが,子供は理解できる。子供のころから,脳にそのように配線ができているからだ。読み書きを覚える力を持っているし,同様にコンピュータを学習できる。

 もっと厳しい方法もある。アメリカでは小学校で数学は教えていない。子供には計算を教えるが,数学は無理と考えている。数学はアートの部分があるが,実際的な計算の部分もある。アルゴリズムは理解しなくてもパターンを利用して計算に応用できる。日本でも同じと思う。子供には本当の数学を教えることが望ましいと思う。6歳ですでに高度の数学を理解できる。

 そのためには,本当の数学を教えられる先生が必要となる。大人でも,学生でも本当に数学を理解できている人は少ない。多くの大人,教師が数学を理解できていないので,子供には無理と考え,子供が理解できるはずのことを教えるチャンスを奪っている。

10歳が重要な年齢

 ところで年齢だが,鈴木先生の生徒には3歳児もいる。私は現在,10歳が重要な年齢と考えている。それより小さい子は,マウスなどいじるよりも,もっといろいろなものをいじってさまざまな経験をした方がよい。500年前のヨーロッパでは,幼児の次の段階として子供の概念がなく,7歳で大人と考えた。当時は,この年齢で生活に一番必要な言語をほとんど覚え終わっている。子供のスリでも大人と同じように処刑されたという事実がある。

 現在の社会では,アイデアを手段と考えている。アイデアそのものが好きな人は例外的だ。多くの子供も大人と同じだ。私の経験では,アイデアが好きな子供の数はせいぜい5,6%だ。その他の子供たちは,いろいろな動機でコンピュータを使用する。コンピュータで遊ぶ子も大勢いて,ヒーローになろうとするような子はコンピュータの操作がうまい。他の子供たちがパソコンを操作しているから自分も操作するという子もいる。

 ところで,鈴木先生は,プロのバイオリニストを育てようとしているのではなく,子供の個性を伸ばすことを目的としている。パガニーニを育てるためにバイオリンを教えるのではない。プロのバイオリニストになる子もいるが,そうでない子の方が多い。この世界に60億人のバイオリニストは不要だ。しかし60億人の人が音楽をよく理解することが必要なのだ。

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 以上の回答を受けて,藤枝社長が次のように総括した。

 このテーマについて私はケイ氏と数年前から何度か話し合っている。私は3歳くらいからやりようがあると思うが,ケイ氏の考えは,言語認識をベースとし,そこから子供に数や物理などサイエンスの精神を教えていくほうがよいというものだ。このため教育は3歳からではちょっと早すぎるというのがケイ氏の意見だった。

 ケイ氏が普及を進めている「Squeak」という言語で遊ばせながら,サイエンスを理解させるプロセスを学習させる。これには6歳くらいからがいいと思っているケイ氏はおっしゃる。さらに,コンピュータそのものは科学と数学を踏まえてからでいいというわけだ(IT Pro注:Squeakについては別途,ケイ氏の解説を公開します)。

 また,アラン・ケイ氏が音楽について言及したことから,会場から音楽についての質問もあった。それに対するケイ氏の回答は次の通りであった。

 自分は,プロのジャズミュージシャンで,ギターを10年間ひいた。祖父がオルガン奏者だったので,そういう環境で育った。40歳になってオルガン奏者になろうと考えた。