Mobile IPv6プロトコルの標準化が最終段階にきている。セキュリティ機能の一部についてはまだ議論が続いているものの,RFCとして発行される直前の状態にある。仕様が固まり,次世代携帯電話網への適用が始まれば,Mobile IPv6が携帯電話機に埋め込まれることになる。
Mobile IPの基本機能は,ノードが移動してもホーム・アドレスへの到達性を保持するというもの。これはMobile IPv4で実現していた。Mobile IPv6では,IPv6が備える機能も効果的に活用する。IPsecを利用したセキュリティの確保,Destination Optionによる位置登録,エニキャスト・アドレスを使ったホーム・エージェントの多重化−−などだ。
IPマシンがあるリンクから異なるリンクへ移動すると,一般に異なったIPアドレスを使わなければならなくなる。IPの上位層は通信相手の識別にIPアドレスを用いることが多い。このようなアプリケーションでは,リンクが変わると通信を継続できなくなる。例えば,telnetセッションを保持したまま別のリンクへつなぎかえることはできない。
Mobile IPはこの問題を解決する。ホーム・アドレスへの到達性を保持し続けることで,移動によるアドレスの変化をアプリケーションから隠してしまうからだ。この機能があるので,リンクをつなぎ替えてもアプリケーション間のセッションはとぎれない。
ただ,いままではこのMobile IPの機能が欲しくなる場面は少なかった。日常よく使うHTTPやPOPは,短い時間でセッションを終えることが多いし,オフィス間を移動するような場面では移動時間が長いので,セッションをいったん終了させてもあまり不便に感じなかったからだ。このあたりに,Mobile IPがあまり普及していない原因があるように思う。
しかしMobile IPの特徴が求められる新分野が出てきた。制御もデータ中継もすべてIPで実行するオールIPの携帯電話網がそれだ。
オールIPの携帯電話網は,IPノードである移動端末にIP経路制御でパケットを配るので,すべての移動端末間で相互にIPパケットを届けられなければならない。つまり,すべての携帯端末がIPアドレスを持つ必要がある。だが,IPv4のグローバル・アドレスは残り少ない。プライベート・アドレスを使ったとしても,アドレス数はたかだか1600万個しかない。オールIPの携帯電話網では,IPv6の利用が前提になる。
また携帯電話網では,網内を移動しても変化しない携帯電話番号のようなIDを移動端末に割り当てて,そのIDで端末に着信できなければならない。オールIPの携帯電話網では,端末の移動によってIPアドレスが変わってしまうので,上位層に影響を与えずこの機能を実現するには,Mobile IPv6で固定アドレスへの到達性を確保する必要がある。こうしたことを考えると,オールIPの携帯電話機には,IPv6だけでなく,Mobile IPv6も組み込まれることになるはずだ。
Mobile IPv6は,まだIPv6の一部といえるほどには普及していない。このため,IPv6ソフトへのMobile IPv6の実装など,課題はいくつかある。それでも,オールIPの携帯電話網が実現するなら,Mobile IPv6端末が飛躍的に増える可能性は十分ある。
Mobile IPv6
移動サポートの面でIPv6の機能を拡張するプロトコル。IETFのmobileipワーキング・グループで標準化が進められている。現在は,RFCの草稿であるInternet-Draftの状態にある。
ノード
ここではIPの機能を組み込んだ装置のこと。IPv6ノードは,IPv6の機能を組み込んだ装置。
ホーム・アドレス
Mobile IPv6で使われる特別なアドレス。ホーム・アドレスが割り当てられたノードは,異なるリンクに移動してもホーム・アドレスあてのパケットを受け取ることができる。
到達性
パケットがきちんと届くこと。ネットワーク内で,あるアドレスを持つノードにパケットが届くとき,「そのアドレスへの到達性がある」という。
IPsec
IP(IPv4とIPv6両方)にセキュリティ機能を拡張するプロトコル群の総称。
Destination Optionによる位置登録
IPv6では,あて先ノードだけが解釈するオプションをパケットに付加できる。このオプションを Destination Optionという。Mobile IPv6では,このDestination Optionに移動ノードの位置情報をのせることで,あて先ノードに位置情報を通知できる。
エニキャスト・アドレス
複数のノードに割り当てられるグループ向けのアドレスのこと。あるエニキャスト・アドレスにパケットを送ると,そのアドレスが割り当てられたグループの中のどれかひとつのノードにだけパケットが配送される。ちなみにグループ向けのアドレスとしてはマルチキャスト・アドレスもある。こちらは,あるマルチキャスト・アドレスにパケットを送ると,そのアドレスが割り当てられたグループに所属するすべてのノードにパケットが送られる。
ホーム・エージェント
移動ノードが移動先で通信できるように,パケット転送や位置管理を処理するノード。Mobile IPv6を使うときはホーム・エージェントの設置が必要になる。
リンク
データリンク層を使って通信するネットワーク。代表例はEthernetとPPP。
セッション
ここでは,通信を行うアプリケーション間の接続のこと。
オールIPの携帯電話網
現在の携帯電話網は音声通信を主目的に設計されているので,IPパケットは効率的に中継できない。これに対して,IPパケットを効率的に中継でき,かつ音声通信もサポートする携帯電話網が提案・設計されている。これがオールIPの携帯電話網である。オールIPの携帯電話網では,電話音声もIPパケットで中継される。
狩野 秀一
研究開発の分野はネットワーク層におけるモビリティ・サポート技術。具体的にはMobile IP, マイクロモビリティ・サポートなど。Mobile IPv6ソフトウエアの開発に3年ほど携わってきた。現在はMobile IPのほか,高速移動サポート技術の開発などを担当している。KAMEプロジェクトの開発メンバーである。