
病院長
村田 良輔 氏 |
大阪市立十三市民病院は、大阪市の淀川以北で唯一の公的医療機関として、1949年7月に開設された。当初は内科および外科の診療所として発足したが、その年に産婦人科、小児科、眼科、その後に皮膚・泌尿器科などを増設して総合病院となった。診療科目の増設とともに増改築を行ってきたが、建物の老朽化に伴い、1999年3月から移転・建替え工事が実施され、2002年5月に新病院として開院した。
「市民に信頼され、地域に貢献する病院。人間味あふれる暖かな医療を実践する病院。将来にわたり、市民の医療ニーズに応える病院をめざす」(病院長 村田良輔氏)という理念を掲げる十三市民病院が、地下1階・地上9階建ての新病院では特に患者にとっての“やすらぎ”や“ぬくもり”が感じられるような患者中心の機能性とアメニティを重視している。
医療業務へのコンピュータ導入は、92年にレセプトコンピュータによる医事業務のコンピュータ化をはじめ、栄養、薬剤、検査部門への導入が行われたが、いずれも個別のシステムの導入にとどまってきた。
病院の医療情報システムの一般的な導入ステップは、コンピュータ化の第一歩としてレセプトコンピュータを導入し医事業務の効率化に始まるケースが多い。第2段階では、検査や薬局、検診、看護支援など診療系システム、および医事会計、財務管理、人事管理など勘定系システムなど部門別のシステム化に進む。第3段階では検査、処方、入院、食事などオーダ業務の電子化が実施され、病院情報システムとして統合的なシステムの色合いを帯びてくる。そして、これらのシステムが連携され、診療情報や画像情報の電子化を通じて電子カルテを基本とした診療情報の一元管理へと進むとされる。
十三市民病院の場合は、この一般的な例に当てはめれば第1および第2段階にあったわけだが、移転・建替えを機にオーダリングから診療情報の一元管理という総合医療情報システムへと一気にステップアップさせたことになる。
|