米IBMがパソコン事業の売却を発表した直後、米デルのマイケル・デル会長が「他の合併と同じようにうまくいく」と皮肉った。もちろん「うまくいかない」という意味だ。このデル氏が想定している米HP(ヒューレット・パッカード)とコンパックの合併は、カーリー・フィオリーナCEO(最高経営責任者)の退陣により、どうやら「うまくいった」口になりそうなのだ。

 同時に今回の解任によって、HPがハイエンドサーバーやサービス分野での対IBMと、パソコン/プリンター市場での対デルという二股戦略を、今後も続けるのか、あるいは解任の根底にある、エンタープライズ事業とビジネスコンシューマ事業の企業分割という劇的戦略に踏み込むのか、その際、HPブランドをどちらが引き継ぎ、一方を売却するのかなど、暫定CEOと現在選定が進んでいる新CEOは難しい舵取りを迫られる。「企業分割はしない」というのがHPの公式見解だ。

 HPの決断がどう転ぶか分からない。しかし、企業分割に踏み切った場合、IT事業で未だ浮上しない富士通や日立製作所、NECの総合ベンダー3社の有り様にも影響を与えずにおかないだろう。再編という2文字を避けては通れないかもしれない。特にHPとサーバーやストレージで取引関係の強い日立とNECを大きく揺さぶることは間違いない。3社のトップはどんな決断を下すのか。今後12~18カ月が峠だ。

 フィオリーナ氏がHPのCEOに迎えられたのは99年7月。翌2000年9月、何と200億ドル(2兆円)の巨費でプライスウォーターハウスクーパースのコンサルティングビジネス買収を交渉中、と報じられた時、業界は驚天動地。HPはIBMの成功モデルに倣い、エンタープライズシステム兼コンサルティングサービスの総合企業として生まれ変わると恐れられた。だが、HPの業績が悪化し買収を断念した。「江戸の敵を長崎で」ではないが、今度は01年9月、パソコン中心のコンパックを250億ドルで買収すると発表。創業者一族との対立を経て02年5月に株主の承認を取り付けた。

 フィオリーナHPは、エンタープライズ強化から一転してビジネスコンシューマへと、分かりやすく言えば、仮想敵をIBMからデルへと豹変させたのだ。この変わり身は、「HPは何をコア事業にするのか」という、肝心の企業戦略を置き去りにした選択だと、酷評するアナリストもいた。

 結果的には、IBMもデルもという両面作戦が重荷だった。粗利はIBM37%、デル18 %なのに対しHPは26%。販管費もIBM20%、デル9%に対しHP15%と中間位置だが、最終利益率はIBMの9%、デルの6%に比べ4%と低い。HPはIBMとデルに挟まれ、サンドイッチ状態に陥っていた。相変わらず3割の売り上げを占めるプリンター事業が利益の7割を稼ぎ、株主から「HPはプリンター主体で行け」と企業分割を求める声が高まりつつあった矢先の解任となった。

 新CEOがこの閉塞状態を抜け出すため、仮に分割に踏み切った場合、どちらの事業をHPにするかで日本企業に与える影響が異なる。おそらく株主の声に引っ張られると、エンタープライズを売却する公算が強くなるだろう。しかし、HPのエンタープライズ顧客は、儲かっているプリンター事業を高値で、例えば、ゼロックスやキヤノン、エプソンなどに売却し、得た資金でコンサルティングやサービス、例えば、アクセンチュアやキャップ・ジェミニ、EDS、CSCなどを買収しろ、と圧力をかけるだろう。ユーザー企業はIBMオルタナティブの存在を強く望むからだ。

 仮に、HPがエンタープライズの売却を決意した場合、衰えたとは言え日本メーカーが手を挙げるかもしれない。かつて4 割近くあった輸出比率が日立29%、富士通28%、NEC17%と、3社は海外強化が急務だからだ。メーカーの前副会長は「面白いが、富士通とNECは資金的に無理だ」と話す。HPと関係ある日立とNECがIT事業を統合した後、HPのエンタープライズ事業を買収して米国進出するという可能性について、「日立には決断力がない」とはねた。

(北川 賢一=主任編集委員)