「3年後に100億円の売り上げを目指す。その時の従業員は600人。ほとんどをユーザー企業から直接獲得する」。こう強気な発言をするのは、インドのITサービス企業であるタタコンサルタンシーサービシズジャパン(TCSジャパン)の梶正彦社長。日本市場本格的攻略への高らかな進軍ラッパとも言える。

 過去5年間、年率27%で成長し、03年に2兆円を突破したインドのIT産業の中で、1000億円を超すITプレーヤーは3社ある。その中でトップのTCSの売上高は1240億円(105円換算)。新日鉄ソリューションズ(1500億円)をやや下回る規模だが、世界32カ国、150の拠点に3万人のサービス技術者を抱えるグローバル企業だ。

 米市場では、このTCSにインフォシス・テクノロジーズ(3万2000人)、ウィプロ・テクノロジーズ(3万7000人)を加えたインド企業3社が、米ITベンダーを象徴するIBMやEDS、アクセンチュアなどの“ベーブルース企業”と、コンサルティングからBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)まで、あらゆるITサービス分野で競うようにまでなった。インドのソフト・サービス業界団体Nasscomによれば、3年前に米国のフォーチュン500社中インドに仕事を出したのは125社だけだったが、03年には285社に増えた。3社は実際、ボーイングやリーマン・ブラザーズなど米国の名だたるユーザー企業でベーブルースを打ち負かしている。

 日本企業の案件では、ソニーアメリカが、仏キャップジェミニからウイプロに発注先を切り替えたテレビ組み立て工場向けのソフト開発が有名だ。ソニーアメリカは30%経費を節約し、今後はインド企業とグローバルで大きな契約を交わす用意があるとした。ソニーのような企業に能力を証明することは、インド企業にとって効果のある戦術だ。TCSジャパンの梶社長も「著名な大企業が顧客になったことが公開されたら日本の場合、インド企業にアウトソースする動きは活発化する」と、日本の横並び文化に期待をかける。

 「昨年はどれだけコスト削減が可能かを1時間説明しても反応は鈍かった。しかし、今年に入ってから急速にユーザー企業の対応が変わってきた。説明した翌日にトップ自らが直接訪れ、パイロットプロジェクトに結びつくケースも増えてきた」(梶社長)。

 インドのITサービス企業が、安い価格を提供できるというのは、ほんの出発点でしかない。これらの企業は、複雑なプロジェクトを遂行する能力やスキルを持っている。日本テレコムの倉重英樹社長は、「システム統合は結局、インド企業に頼むしか方法がないのではないか」と、最近思い始めているという。同社には4つの異なるシステムアーキテクチャが存在し、倉重社長はこの異機種統合が運用・コスト面で効果があると判断している。この4アーキテクチャの混在を、古巣の日本IBMや国産大手メーカー幹部に話したら「それは大変ですね」と、まるで他人事のようにやんわり断られた。「大手メーカーは面倒で難しい技術にチャレンジしたくないのだろう」(倉重社長)。

 インド企業という新たなライバルを迎え、IBMやEDSといった企業は業務を全面的に見直している。米IT市場におけるインド企業のシェアがわずか1.4%に過ぎなくても、競争力をつけるためにコストカットを目的に職をインドや中国、東欧などへと移動させている。同時にインドが太刀打ちできないような技術的なイノベーションとコンサルティングの専門知識を強化している。これを「最近10年間で最大のITサービス産業の進路変更」と見る向きもある。

 日本はどうか。JISA(情報サービス産業協会)の佐藤雄二朗会長は「日本語の壁とシステム仕様がよく変わる日本のシステム開発にインドは馴染まない」ため、浸食される心配はしていないという。この文化障壁頼みの防御はなんとも寂しすぎる。米IBMはインドでワイヤレスサービス企業から780億円のアウトソーシングを獲り、インドIT企業を驚がくさせた。インドや中国に攻め込む気概くらいは持ってほしいものだ。

(北川 賢一=主席編集委員)