米メガバンクのJPモルガン・チェースは9月15日、米IBMとの間で2002年末に交わした期間7年、総額50億ドル(5500億円)に及ぶITアウトソーシング契約を解消し、インソーシングに切り替えると発表した。これに伴いIBMが引き取った4000人のIT要員を自社に戻す。あまり前例のないこのキャンセル劇が、日本のITサービス業界に波紋を投げかけている。

 IBMが提供するフルスコープ型の大規模アウトソーシングの受注ピークは2000年から02年にかけてだった。これは、米IBMも日本IBMも時期にズレはない。契約期間が7~10年とすれば、04年から05年はちょうど中だるみ期に入る頃だ。「この中だるみ期が謎を解く1つの鍵になる」と、ガートナー ジャパンの山野井聡アナリスト兼バイスプレジデントが分析する。

 この時期、まずクライアントの視点から見るとこうだ。スタート時に比べアウトソーシングのROI(投資対効果)が見えにくくなり、IBMに対しさらなる料金の引き下げを迫る強い欲求が出始める。加えて、CIO(最高情報責任者)や情報システム部門長が人事異動で交代。CIOやIT部門長のポリシー次第だが、アウトソーシングそのものへの強い葛藤が生じてくる。一方、前半の持ち出し期から利益を追求するフェーズに入るIBMには、損得勘定が強く頭をもたげ始める。

 ガートナーの山野井氏は「中だるみ期に両社の思惑の違いが表面化。アウトソーシングの全面見直しに入るクライアントが一挙に増える」と読む。今回のJPモルガンのキャンセル事件は、クライアントの見直し論に拍車をかけることになる。日本でも再検討の結果、契約解消、インソーシングに戻すケースも出てこよう。

 アウトソーシングが通常のビジネス形態となった米市場には、クライアントの依頼に応じてアウトソーシングをコーディネートするソーシングコンサルティング業界が存在する。20社弱の大手がフォーチュン500社をクライアントにしながら活躍中だ。同業界と強力なコネを持つ日本の大手コンサルタント会社の幹部は早速、キャンセル事件の影響を聞いた。すると驚く答えが返ってきた。「米業界では今回の件を普通のことと受け止めている。『日本ではなぜ騒ぐのか?』と逆に問われた」と困惑する。

 同幹部によれば、JPモルガンは中西部に勢力を張るリテールバンクのバンク・ワンを経営統合した結果、JPモルガン本社のCIOにバンク・ワンのCIOが就任した。そのCIOは根っからのインソーシング派。今回のキャンセルは同CIOの強固なポリシーを具体化したまでのこと。米業界にはCIOが交代した春頃から「JPモルガン契約解消」の話が出ており、IBMもとうにあきらめていたようだ。「『IBMはJPモルガンからの契約解消の通告に対し、フーンと言って違約金をもらって終わり。そんなもんだよ』と、こともなげに笑う大手ソーシングコンサルティング幹部の話には正直言って拍子抜けした」と感想を漏らす。

 アウトソーシングに注力する富士通の幹部も「バンク・ワンのIT活用はかねてから先進的と評判が高かった。もちろんインソーシングであり、CIOがバンク・ワン出身者であるなら今回のキャンセルは納得できる」と受け止める。消息筋によると、富士通はインソーシングに転換するJPモルガンから早速PRIMEPOWER最上位機を大量受注したとのおまけがついている。

 先のコンサルティング幹部は日本IBMのアウトソーシングクライアントを丹念に回って話を聞いた。「IBMは獲ったあと何もしないのが原則。これは世界的に共通のようだ。日本ベンダーの持ち出し持ち出しでサービス一方のアウトソーシングとスタンスが違う」と話す。業界通によれば、例えば日本IBMにフルアウトソーシングした日産自動車は、CIOが代わってからアウトソーシングの一部を他社に切り替え、最終的にインソーシングに戻るとみられている。「引き取ったIT要員を持て余す日本IBMにとり、インソーシングへの切り替えは歓迎すべきもの。喜んで要員を返すだろう」(コンサルティング幹部)。

(北川 賢一=主席編集委員)