IBMシステム/38(S/38)の国内第1号ユーザーは丸紅だった。丸紅は1980年中に非鉄金属部門など5部門にS/38を導入した。同社の事務管理部長補佐(当時)は「システムの追加や保守は現場任せ。S/38は任せっきりの体制がとれる機械だ。頻繁なシステム変更にもS/38は対応しやすい。プログラム開発の生産性はメインフレームの3~4倍もあるからだ」と生産性の高さを話した。日本IBMは「大企業の部門マシンとして需要が伸びる」と期待した。

 ハイレベル・マシン・インターフェース、オブジェクト・オリエンテッド・マシン、ケーパビリティマシン、シングル・レベル・ストレージなど、新しいコンピュータ用語を伴ってS/38は登場した。それまでのメインフレーム世界から隔離された環境の中で開発された雰囲気を漂わせていた。このS/38が、将来のIBMの方向という観測もあった。それは、S/38が75年のバレンタインデーに開発中止となったFS(未来システム)の凝縮された残滓でもあったからだ。だがS/38は「メインフレームを決して凌駕することがないように」扱われてきた。S/38がAS/400、そしてiSeriesと名を変えても、「iの上にはz(メインフレーム)がある」と、役割と性能は厳格に踏襲されてきた。

 このS/38系に光明が差してきた。日本IBMは5月10日、初代から数えて5回目のフルチェンジに際し、初めて性能のリミッターを取り外した。iSeriesは「eServer i5」と名称を変え、同時に「パフォーマンスは今後極限を追求していく」と宣言された。これは、i5が大企業向け基幹サーバーのzやpSeries(UNIXサーバー)を突き抜ける性能となっても構わないというメッセージである。日本IBM社内はもちろん、既に顧客向けにも「i5は将来的にIBM最強サーバーになる」と話し始めている。

 S/38系i5の新たなポジショニングは、早くも市場で効果を発揮し始めた。IBMメインフレーム4台を使う食品大手が、その4台をi5に「レガシーマイグレーション」することを内定した。消息筋によれば、食品大手はそうすることによって、現在日本IBMやメインフレーム用ミドルウエア会社に支払っているハードやソフトの年間予算17億円が3分の1以下に圧縮、というTCO(所有総コスト)の大幅な削減となる。

 おそらくIBM国内メインフレームユーザーで、S/38系i5にダウンサイジングする初の大規模例となる。「今後、IBMメインフレームからi5へ移るユーザーも増加するはずだ。IBMはメインフレームを他社サーバーに取られるよりは、収益が減ってもi5に移すほうが得策と判断した」と前出の消息筋は見る。

 S/38から継承するi5の低価格とスループットの速さは、そのアーキテクチャによる。メインフレームを含めたサーバーはOSの下にDB/DCやWebソフト、管理ソフトなど、いくつものミドルウエアがあり、ユーザープログラムはそれらを1つひとつ経由していかねばならない宿命を持つ。これに対しS/38系では、OSとミドルウエアを統合した作りになっており、オーバーヘッドが少なく、結果的にスループットが速い。加えてほとんどのミドルウエアがOSに統合されているから別料金がほとんど発生しないのだ。

 今メーカー各社は、システムを難しくしている元凶とされているソフトウエアのスタック(階層)の複雑さを改善するコンセプトを続々発表している。垂直統合への回帰現象とも見えるが、S/38系は初めからソフトのスタックを気にしなくてよい構造になっている。四半世紀前のアーキテクチャの斬新さは今でも輝きを失ってはいない。さらに今回、i5はIBMサーバーの中で最も多くのOSが走るようになった。LinuxやWindowsはもちろん、pSeriesのAIXも走る。つまりIBMサーバーの統合に最も向くのがi5だ。もちろん他社機も狙う。

 「i」は統合の意味。それを日本IBMはなぜか「愛(i)」と言い始めた。コスト削減効果が高く、使い方もやさしいからなのか? だが「自分(i)が先(iBM)」の企業に愛は期待できそうもない。ここは用心も必要だ。

(北川 賢一=主席編集委員)