IBMパルミザーノ会長のオンデマンド戦略には大きな野望が潜む。 IBMを作り直し、1970年代の偉大なIBMの姿を取り戻す。 そこでは、世界における全産業のトップに君臨するIBM像を描いている。

 日本で話題の経営者と言えば、日産自動車を蘇らせたカルロス・ゴーン氏がその筆頭だ。だが、欧米経済紙がこぞって、一時のジャック・ウェルチ前GE会長以上に注目する経営者がいる。米IBM生え抜きの会長兼社長兼CEO(最高経営責任者)であるサミュエル・パルミザーノ氏だ。

 米Business Week誌はパルミザーノ氏を次のように分析する。

 「ルイス・ガースナー前会長は巨額の赤字に陥ったIBMをサービス事業へシフトすると同時に、自らが帝王のように社内を統治することで、再び巨額な利益を稼ぐIBMを復活させた。だが、IBMを再び市場に君臨させるまでには至らなかった。…(中略)…。

 パルミザーノ会長は、ガースナー路線を否定しないものの戦略を変え、自分が入社した1970年代に市場を席巻していたBMを再現するという、とてつもない野心を持っている」。

 英Financial Times紙の分析はこうだ。

 「IBMはガースナー氏が提唱したe-businessで復活した。一方、パルミザーノ氏はオンデマンド戦略を打ち出し世界市場のシェアを独占することでIBMを復活させるという夢を描いている」。

 こうした論調の中で、米経営アナリストのトム・フォアムスキ氏は「パルミザーノ氏の真の狙いは“コンピュータのIBM”の再現ではない。世界企業の革新リーダーとして君臨するIBMだ」と見る。実際、パルミザーノ氏は2002年決算の株主宛てレターの最後で「IBMは世界中のビジネスプロセスを変革し、IBMを世界産業界有数の優良企業に作り直す」という決心を明かしている。

現行ITの問題点は「複雑性」

 ガースナー前IBM会長は、インターネット上でビジネスプロセスを展開するe-businessを世界産業界の普遍的手段にすることで「IBM=e-business」という方程式を定着させた。パルミザーノ氏は、これをさらに前進させ「オンデマンド経営」という新しいビジネスモデルにより、米マイクロソフトを含むすべての競合相手をなぎ倒すIBMを目指す。

 「オンデマンド」とは市場や需要の変化に俊敏に対応しながら自らのビジネスを即刻変革する経営モデルのこと。これをパルミザーノ会長は2002年10月30日に、e-businessオンデマンド戦略として発表した。

 会場に選んだのは、ニューヨーク市の米国自然博物館。パルミザーノ会長は、巨大な恐竜の側で「業界が向かう方向を定める時が来た」と、IBMの不滅をアピールした。IBMは昨年からメインフレームの開発コード名を“恐竜”に変えている。

 オンデマンド戦略発想の原点は2年前にさかのぼる。2002年の夏、パルミザーノ氏はIBM幹部たちに、IBMが40年前に「50億ドルの賭け」として取り組んだシステム/360以上のエポック的な成果を期待できるメガビジョンの具体的な目標の設定を命じた。同氏がCEOになってから数カ月、プライスウォーターハウスクーパーズ(PwC)のコンサルティング部門買収を決めたのとほぼ同時期だ。

 その命令から、わずか90日後にIBM幹部は、コンピュータに自己管理機能を持たせる開発プロジェクトeLiza(電子トカゲ)や、それを発展させたオートノミック(自律型)コンピュータといった開発テーマを設定。さらに、同社のトーマス・ワトソン研究所までも総動員しながら、コンピュータパワーをネットワーク経由で供給するというアイデアを経営モデルの革新的リーダーを標ぼうするIBMにふさわしい体系にまとめ上げた。

 それこそが、e-businessオンデマンド戦略であり、それ以降IBMは8億ドルを投じて世界中で「オンデマンドキャンペーン」を展開している。

(辻本 修=ITジャーナル主幹、北川 賢 一)