システム構築でフリー・データベース(オープンソースのデータベース)を選ぶユーザー企業が増加している。実用上,商用データベースにそん色ない水準に達しており,投資対効果を厳しく吟味するユーザー企業の関心は高い。システム・プロバイダの中にも,Linuxに加えてフリー・データベースを中心に据えてシステム構築を提案するところも出始めた。フリー・データベースを取り扱うことは,とりもなおさずソフトやハードの販売に頼らず,ソフト開発や運用サービスで収益を上げるビジネスモデルを構築することを意味する。

図1●ユーザー企業の投資抑制の要求から,フリー・データベースが現実的な選択肢になってきた
 「大手システム・プロバイダと競合しても勝つ自信はある。フリー・データベースのPostgreSQLを使えば,我々のような小さなソフト開発会社が大きく飛躍するチャンスはある」。こう語るのは,ソフト開発などを手掛けるキャロルシステム(東京都渋谷区)の武藤広文社長。社員数70人,売上高4億7000万円の同社は,現在,PDM(製品情報管理)を中心としたSI(システム・インテグレーション)事業に力を入れているが,PostgreSQLを武器に中小企業から受注を増やし,年率20%を超える勢いで成長を遂げている。

 そのキャロルシステムは,ユーザー企業から指定がない限り,OSにLinux,データベースにPostgreSQLというオープンソースの組み合わせを提案している。武藤社長は「景気が低迷する中でもユーザー企業はIT投資をやめるわけにはいかない。コストに一段と敏感になっており,サポート体制さえ整っていれば,ユーザー企業の大半はコストの低いフリー・データベースを選ぶ」と断言する。

 ユーザー企業の強い意向で商用データベースを使って提案することもあるが,そんな時でもフリー・データベースを使ったシステムも参考までに提示している。その結果,フリー・データベースを選ぶ顧客が少なくないという。武藤社長によると,受注案件の7割ほどがPostgreSQLを採用したものになっている。

 フリー・データベースをシステム提案の商材として積極的に扱うシステム・プロバイダはキャロルシステムだけではない。金融機関の基幹システムなどのソフト開発で実績を持つSRAは,SIをソフト開発事業に次ぐ新たな収益の柱に育てようとしている。現在,新規に構築するシステムの大半がPostgreSQLを使ったものになっており,前年比倍増というペースで伸びている。

 渡辺肇取締役マーケティングカンパニープレジデントは「フリー・データベースを一度でも使ってみればその機能や性能の良さはもちろん,信頼できることもユーザー企業は分かってくれる。安価に高性能のシステムを構築することが,システム・プロバイダの役目で,フリー・データベースも重要な商材だ」と話す。

データベースもオープンソースに

 フリー・データベースの需要が高まっているのは,IT投資を削減する有効な手段として,ユーザー企業が注目を始めたからだ。LinuxなどのOSをはじめ,sendmailなどのメール・サーバー,ApacheなどのWebサーバーがユーザー企業のシステムに浸透しているが,これまでデータベースについては信頼性を理由にシステム・プロバイダはフリー・データベースに慎重だった。しかし,データベースだけがいつまでも例外というわけにはいかなくなっている。

 ヴァージンアトランティック航空日本支社(東京都港区,ルイーズ・ケイ支社長)は,オンライン・チケット販売システムをPostgreSQLを使って構築した。このシステムの開発に携わったエイチツーオースピリット(H2OS,東京都千代田区)の佐藤勝弘社長は「新規のサイトを立ち上げて,いきなり会員数が10万人単位になるということはあり得ないので,フリー・データベースを使って初期導入コストを下げるべきだ。段階的に拡張していくWebシステムにフリー・データベースは適している」と話す。

 フリー・データベースの最大のメリットは,ソフトが無償であるため初期段階での投資金額を抑えられることだ。システムの内容によって千差万別だが,商用データベースでのソフトの価格は,構築するシステムのうち1割から2割,大きなものになると4割程度を占める。商用データベースの代表であるOracleの場合,不特定多数のアクセスを前提するWebシステムだとプロセッサ・ライセンスが必要になり,小規模システム向けのStandard Editionで1プロセッサ・ライセンスは98万円。システム全体の価格が数百万円から1000万円の小規模なシステムにとって,98万円の差は大きい。プロセッサ数やサーバー数が増えれば,その差は一段と広がる。

図2●ナレッジワイヤは,学術論文の検索,購入システムをLinux+フリー・データベース(DB)で構築。
DBはサーバーの要件に合わせて,MySQLとPostgreSQLを使い分けた

 初期投資に加え,データベースの保守料金も無視できない。年間の保守料金はライセンス料の20%程度だが,システムのすべてが保守の対象になるわけではない。システム・プロバイダが開発したソフトを含めたシステム全体については,別個に保守契約を結ぶ必要がある。「ユーザー企業はシステム全体を一括してサポートすることを望んでいる。現在のようなデータベースの保守料金を個別に取られることに抵抗感を持つユーザー企業は少なくない」(キャロルシステムの武藤社長)。

 この商用データベースとフリー・データベースの価格差にユーザー企業は年々,敏感になっている。海外の学術論文や書籍などをWebを使って販売しているナレッジワイヤ(東京都新宿区,伊藤勝社長)のケースはその象徴だ。同社は2000年に設立すると同時に,20万件を超える海外のライフ・サイエンス系の学術論文を収録したデータベースを新規に立ち上げ,大学教授や研究者などの顧客はWeb上で検索して論文を購入できるシステムを構築した(図2[拡大表示])。伊藤社長は「ライセンス料やバージョンアップ料といった初期導入費用や,運用コストを抑えるために,商用データベースは初めから眼中になかった」と話す。

(森重 和春)