早く安くシステムを作ることが,ソフト開発の現場では当たり前のように求められる。しかし自ら社員を大量に抱える一方,足りない分を協力会社に発注する現在のやり方では,開発速度もコストダウンも限界が見えてきた。
そこで社外の技術者個人を組織化して「必要なとき必要な分だけ使う」,ユーティリティ型とも言える人材活用が始まった。ソフト会社はコストを圧縮でき,顧客は安くシステム開発を委託でき,技術者は特技を生かし収入を増やせる,という三方一両得の仕組みを目指す。既にいくつものソフト会社が個人技術者を1000人単位で組織し事業化に成功している。

 2001年秋,ソフト開発ベンチャー企業ネットマン(東京都中央区,永谷研一社長)の事務所は受注成功の朗報にわいた。専門学校と商談を進めていたシステム構築案件で,大手システム・プロバイダA社との最終コンペに見事打ち勝ったのである。評価のポイントは圧倒的な料金の差だった。

 案件の内容は,eラーニング・システムのアプリケーション開発とその保守,運用。A社側は年間保守料金を含め3500万円と提案してきた。対するネットマンの提案金額はその半分に満たない1485万円。これだけの差を付けながら,ネットマンはこれで受注額の33%にあたる500万円の利益を確保している(図1)。

 もちろん機能の差など提案の具体的な中身まで踏み込まないと,安いか高いかの単純な比較は難しい。しかしネットマンの永谷社長は「普通のソフト開発会社が採用している自社SE(システム・エンジニア)を主軸とするソフト開発では,コストを削減するのはもう限界だろう。彼らには料金を下げる余地がない。ネットマンはコスト構造が全く違うから,無理をしなくても他社よりもずっと安い提案が可能になる」と説明する。その秘密は,同社がネットワーカーと呼ぶ個人技術者を組織化し,ソフトを安価に開発できる仕組みを作り上げていることにある。

 ネットマンの従業員数は23人。これとは別にWebサイトやメール・マガジンで募集した約1200人の個人技術者を組織化している。社員が案件を受注したらこの1200人の中から開発に最適な人材をピックアップして,開発プロジェクトをスタートさせる。つまり必要なときに必要な分だけ技術者を使うわけだ。ハードやソフトの販売で最近採用されるユーティリティ型の課金方式を,開発技術者の調達に適用したものと言えるだろう。

個人技術者を組織化

 ネットマンに限らず,このようなユーティリティ型人材活用を始めたソフト開発会社が,ここ1~2年で何社も登場している。高松市に本社を置くソーホー・ワーカー・ネットワーク(SWN,木村誠社長)は個人技術者を全国規模で3100人登録し,ソフト開発からオンサイト・サポートまで幅広いITサービスを展開中だ。イー・ベンチャー・サポート(EVS,東京都文京区,池上哲二社長)は,Javaに特化して個人技術者を育成しながら,組織化することで業績を伸ばしている。IT専門の派遣会社パソナテック(東京都渋谷区,森本宏一社長)は,受託開発事業に乗り出した。受注した案件の開発に自社の派遣技術者を利用するモデルで,やはり低価格攻勢を始めている。ソフト開発のほかにも,オンサイト・セットアップ作業やシステム運用管理などIT関連サービス全般に,個人事業者を活用する事例が増えている。

 各社の事業モデルは少しずつ違うが,効率的な技術者の確保によるソフト開発の仕組みを通じて,低価格での開発を顧客に提供するという狙いは共通している(表)。

 ユーティリティ型の人材活用は,ソフト開発会社のコスト削減に劇的な効果をもたらす。

 ソフト開発会社のコストを膨らませる最大の要因は,技術者の人件費である。技術者を社員として抱えるソフト会社は,その人件費を固定費として計上する。人件費が固定費である限り,ソフト会社は一定規模の売り上げを絶えず確保する必要に迫られる。その結果,固定費分を回収できる提案をせざるを得なくなり,SE単価を高く設定したり,過剰なスペックの提案に走りがちになったりする。

 個人技術者の協同組合で,技術者の営業活動や各種業務を一手に代行している首都圏コンピュータ技術者協同組合(MCEA)の横尾良明理事長は「売り上げが右肩上がりで安定している時のソフト会社はそれでも経営が成り立つが,今のように時代の変化が速くなると社員を抱えることのデメリットが表面化してくる」と指摘する。

 こうした弊害を少しでも回避するためにソフト開発会社が使うのが,協力会社と呼ばれる下請けだが,ここにも落とし穴がある。協力会社も必ずしも自社で開発するわけではない。自社のリソースで足りなければ孫請け,3次請け,4次請けへと流れるのはよくあること。ここで中間マージンが発生する。元請けがユーザーに提案する際の金額もそれを織り込んだものにならざるを得ない。

 これら直接的なコスト要因に加えて,新技術などに対応するための間接的なコスト要因が発生する。「自社や協力会社に受注したシステムを開発できる技術を持つ人材がなければ,そのたびに必要な技術を教育しなければならない」(ネットマンの永谷社長)。開発と技術教育が並行して行われるケースは少なくない。この教育コストが開発コストに加算され,提案金額を押し上げる。

固定費2%も可能

 ユーティリティ型の人材活用は,以上の高コスト要因をすべて回避できる。

 まず,プロジェクトにかかわっていない技術者の人件費は不要である。つまり最も大きな原価である技術者の人件費を,固定費から外し変動費に回せる。開発単価が不必要に高い技術者を外して,開発に必要最小限のスキルを持った人材にピンポイントで発注できるから,低価格の提案でも一定の利益を確保しやすくなる(図2)。SWNの場合「固定費は現在でも10%程度。事業が拡大すれば2%まで下げられると見ている」(木村社長)。実際に開発する技術者に直接発注するので,中間マージンも発生しない。

 技術者の確保についても,社内よりネット上の方が容易であるケースは少なくない。「特に新しい技術であるほど,社内で技術者を見つけるのは難しく,ネット上で発見するのは容易だ」(永谷社長)。例えば,米国では技術者が個人的に参加しているコミュニティがネット上にいくつもある。ソースフォージというサイトはその一例で,オープンソースのソフト部品を個人レベルで発注したり,開発したりするといったやり取りがネット上で日常的に生まれている。永谷社長自身,大手システム・プロバイダに勤務していた数年前,こうした既にあるコミュニティを活用することで,受託した金額の10分の1の額で開発に成功した。この時の経験が土台となって,ネットマン設立に踏み切ったといういきさつがある。

(尾崎 憲和)