■Hillel Cooperman氏とTjeerd Hoek氏(「cheered:元気づけられた」と同じ発音)は,米MicrosoftのWindowsユーザー・エクスペリエンス・チームの主要メンバーである。彼らは過去数年にわたってMSNの「Mars」,Internet Explorerのシェル,Windowsの「Neptune」,Windows XP,さらに最近のLonghornといったユーザー・インターフェース(UI)向上プロジェクトで力を発揮した。
■このインタビューは,Windowsの技術を背後で支える人物に光を当てようという試みで行った。Microsoftほど大きな会社を,没個性化して語ることは至極簡単だが,その製品群の背後には本物の人間がいて,彼らは自分たちが生み出した製品ができる限り美的に優れ,機能的で,安全で,かつ信頼性の高いものになるよう努力しているのだ。現場ではほかにもWindows XPの主任プロダクト・マネージャのGreg Sullivan氏が同席した。
■インタビューの後編は,Windows XPのGUIをめぐって一触即発の状況を迎えつつ,2人の開発作業の一端を垣間見られる。
(聞き手=Paul Thurrott,Joseph R. Jones)


[Joseph]UIに関しては,うまく溶け込ませることと学習しやすさのバランスをどうやって取るのですか? 分かりやすい例としては,Paulがよく引き合いに出す,Mac OS Xのドック上の「ジャンピング・アイコン」があります(アプリケーションがユーザーに何かを知らせたいときに,そのドック・アイコンが飛び出したり下がったりする。ユーザーが触れるまでそれをずっと続ける)。派手にしたらうるさいし,目立たなくしたら,経験の浅いユーザーは気づきもしないでしょうし…

[Tjeerd]そう,その仕掛けはとても難しい。僕らはスクリーン上に表示させたいものと,視野の周辺部分に置けるものとをよく考えなければいけない。機能についての議論になるね。本当のところこれはどのくらい大事なの?誤操作したときはどうなる?「トースト」(Windowsの右下すみに表示されるMSNスタイルの警告ウインドウ)みたいなものでさえ,それをどう表示させたいのか,どんな風に見せたいのか,いつ表示を消すのかといった問題がある。いくつかテストはできるし,実際にそれらをラボに持ち込めるけど,いくつかは経験を基に解決しなければならないんです。

[Hillel]われわれのエクスペリエンス・ラボをご覧になったことは?

[Paul]いいえ。

[Tjeerd]Microsoftは一企業として,ユーザー・エクスペリエンス・ラボに多大な投資をしてきました。

(ここでHillel氏は,彼のグループ内で使っているLonghornのユーザー・エクスペリエンスの追跡システムをデモした。このデモでは,写真をどのようなシナリオで処理するか,個々の作業の達成率を強調するもので,同社がLonghornの各ビルドにおいてどの程度の作業をしているかを驚くほど詳細に測定するものだ。私はこれについて今詳しいことを語れない)

[Hillel]各ビルドの重要なマイルストーンごとに,われわれが配慮している個々のユーザー・エクスペリエンスのシナリオすべての品質を実際にモニターしているんだ。僕らが測定する方法は,一つひとつのことすべてだ。すべての画面表示を丹念に調べている。……これにちょっと熱中し過ぎているんだが,やらなくちゃいけないことなんだ。

[Paul]あなたがたは,実際にこの分野でした仕事量が十分ほめられるほどじゃないと思っているんですね。

[Hillel]そう,それで私たちは人には言わないんだ。過去に私たちがこうしたことを測定する方法とは,発見しやすさと,作業の到達度,作業にかかる時間を計測することだった。

 でも,本当に必要なことは,人々がわれわれの製品についてどう感じているかを理解することで,測定方法ではないんだ。

[Tjeerd]同じく僕らは対象を分けてテストするようにしている。1つのダイアログごとに「それはどういう作用をしているか?」と。

[Hillel]その通り,あなたがやりたいのは,写真の取得だけではないはずだ。それらをまとめて管理したいと思うし,印刷したいと思うし,共有したいと思うし,Webサイトにそれらを投稿したいと思う。始めから終わりまで通したシナリオを理解するために,対象をすべてひっくるめて測定しなければならない。それが,Windows XPの時にやり始めたことで,Longhornでは実に大きく範囲を拡げるつもりだ。

[Tjeerd]このツールを使って僕らは製品をそうした筋書きに適用してみて,全体的にその品質を見られる。ある特徴がデザインされたときには,大抵僕らは,FlashやHTML,そのほか何かの形で自分たちが作ったプロトタイプで非常に絞り込まれたテストを実施する。非常に絞り込まれたテストをすることで,こうした特徴がどのように動作するかを詳しく調べた深いレポートが作れる。

[Hillel]私たちにとって難しい問題は,画面上にたくさんの情報を詰め込むと,シンプルに感じなくなるということだ。多くの場合,私たちが作ったものは,他のだれかが作ったものよりも使いやすいと証明できるけど,常にそう感じてもらえるわけではない。

 これは解決が難しい相反関係だ。それはいわば,われわれのDNAの中にもあることだ。例えば,10人のユーザーのうち作業をうまく完了させたのが9人という結果があるとして,他の作業は10人のうち5人だったとする。どちらがよいのだろうか? われわれとしてはもう少し多くなければいけないし,熟練者も初心者も,両方のユーザーを引き付けなきゃいけない。「こっちは10人中9人,そっちは10人中5人」というだけでは十分ではない。私たちは10人中9人か,または10人中10人がうまく作業できるといえなくてはいけない。私たちのユーザーがLonghornを使うのは素晴らしいと感じてくれることがすべてだ。

Macのユーザー・インターフェース論
[Tjeerd]ちょっと話を戻しますが,ウィザードを使うのは,慣れてない人にも簡単なものにするためです。一方で人々は,何かに完璧に慣れているのに,毎日毎日同じことを繰り返しやっている。そして,別の方法を使いたいと思っている。

 従来僕らは,後者の人々を行き詰まらせていた。始めから終わりまで順を追って案内し,処理内容についてすべて教えてくれるような,使いやすいUIが,作業に熟練した人々を困らせていたんです。ある人はこう言っています。「私はこれを知っているし,これも知っている。毎日CDを焼いているんだから,どうやるかなんていちいち教えないでくれ」と。それを受けて,僕らはもっとよい仕事をしようとしている。

[Paul]これはMac神話ですね。Macは使いやすいと思うけど,やるべきことをすべて知っている場合にだけ使いやすいんですよ。

[Hillel]そう,どうやるか知っている場合は何でも簡単になる。

[Tjeerd]Appleは最適なシナリオを実現するようにしたり,最適な手順をたどれたりするのが上手だね。でも道を外れたり,何か問題があったりすると少し難しくなる。急に人々が間違えるようになる。

[Paul]そうですね。

[Tjeerd]僕らはユーザービリティ・テストをしたので分かるんだけど,例えばそう,AppleのUIは非常にきれいでシンプルだ。しかし,最も基本的なことでさえ,操作を発見するのが実に難しい場合がある。全くゲームみたいだよね,分かります?

[Paul]ええ。Mac OS Xには発見しやすさというものが全然ない。それは事実です。

(ここでHillel氏は,Microsoftキャンパスにあるユーザービリティ・ラボへ来るよう私(Paul)を招待した。私は今春のうちにその訪問のてん末を書きたいと思っている)

[Hillel]とっても面白いものがあるので楽しみにしていてくれ。

[Tjeerd]ユーザービリティを構成する要素はたくさんあるんですよ。

エリート・チームの自負と責任
[Hillel]私たちの研究チームは,他のユーザー・エクスペリエンス・チームやWindows部門に比べて,博士号や修士号の取得度が高いんだ。

[Paul]みんなが全然知らないことで,あなたがたのチームがやっているものはたくさんある。Windows XP以前に戻ったら,そういうことはまとめて叩かれるようなものだったでしょう。お分かりですよね。以前Windowsの舞台裏で作業していた人ならだれでも「おっ,このダイアログはうまく動いている,これで終わった」という。

[Hillel]そうだ。でも私はその件についてあなたに注意を促しておきたい。システムは明らかに今のように複雑なものではなかったんだ。Longhornは正直にいえば,出荷するのはまだ先だからね。私は過去にWindowsがやってきたこと以上のことは言えないけど,つまり,業界のほとんどは,使いやすさをテストする人も金もないんだよ。実際にはMicrosoftは,Windows XP以前から10年もユーザービリティに対して投資をしてきた。

 僕らは街でも1番の子供だ。もし,それで僕らの背中に目標がペンキで書かれることになったとしても,それはOKだ。僕らはその重荷に耐えて不満は言わない。しかし,私がここに来た時,ショックを受けたよ。当時は自分がMac屋だったからね。本当に驚くべき量の考えが,Windows XP以前のWindowsのUIには詰め込まれていたんだよ。そして,私はここのみんなが間抜けなのか,気にしないのかだと思っていた。

[Tjeerd]問題はシンプルに思えますね。

[Hillel]うーん。実際には,ここに来てびっくりすることになった。問題はシンプルじゃなかったんだ。私がここで出会った謙虚で,ユーザー・エクスペリエンスを顧客のために,よりよいものにすることに深く熱心に配慮する人たち,そして「さあ,新しいAPIだよ」といっているだけじゃない人たち…….私は新しいAPIが嫌いだといっているわけじゃないが,そういう人たちが驚くほどたくさんいたのだ。

 こうした人々は,どうすればお客の生活をより良くできるかと懸命に考えていて,私が考えていたよりも,多くのことを考えていた。私はびっくりさせられたよ。全然信じられなかった。以前の私がMicrosoftのことを理解していなかった理由の1つは,私がMac屋だったということだ。Mac好きはよい意味で,とても自己参照的なコミュニティだ。おかしなことだ。ずっと"Macなこと"をしている。

 今私が「われわれは何をやるのも下手だ」というと,Microsoftでは困ったことになるが,われわれはこの手のストーリを語るのがとても下手なんだよ。自分たちがすることについて語るのが非常に下手くそなんだ……

[Paul]はい,了解しました。できれば,お力になりたいです。

[Hillel]それはありがたいね。

[Paul]人々はこの手のことに惹きつけられるのです。2003年2月ごろ私はWindows Serverの担当者たちと山ほどミーティングをするために,御社のキャンパスに行きました。そして,初期のNTにもかかわった人たちと話をしました。彼らは想像以上に,この手の仕事がたくさんあることに気が付いて驚いているようでした。

[Hillel]われわれは自分自身に厳しいんだ。なぜなら,僕らのスタイルは,すべての背後に天才的な1人の個性があるとは,強調しないはずだから。

[Paul]あなたもその点は大丈夫ですか?(笑い)

[Hillel]いいや,UIの話になるとね……。そら,わが社を経営している人の話になれば,僕らは確実に1つの人格を持つ。でもそういう場合も,基調講演の間にステージにはたくさんの人間が上がるし,その人たちは,Bill Gatesのためだけにデモをするわけじゃない。

 私が言いたいのは,それが自分たちの仕事で,UIの観点から見ればこれは本当の集団作業だということだ。ベンチはすごく盛り上がっているんだよ。今日あなたは私たちのチームのうちの2人に会っているだけだね。4月に来るときはほかのみんなにも会わないといけないよ。

 私はこういう話をうまくするよりも,できる限り優れた製品を作り上げることのほうが大切なんだ。われわれは信頼を得られているかどうかには,実際のところ気にしない。信頼とはユーザーの製品への期待に,調子を合わせることだと悟ったからね。われわれが何を作り上げようとしているのかを語るだけで,広い人々に信頼は伝わるだろう。