Microsoft MVP for Windows - Shell/User
山近 慶一

著者紹介
 Japan Windows NT Users Group(JWNTUG)およびNT-Committee2に参画し,メーリング・リストの運営や勉強会講師などを務める。現在「Windows Server World」(IDGジャパン)で「マスターシリーズ」などを連載中。時代に逆行するような重厚長大ノートPCを背負って,体を鍛えながらセミナー講師を務める酉年生まれの年男。
 

 私は元々ソフトウエア開発の仕事をしていました。しかし,仕事を続けるうちに「ソフトウエアの開発は農業と同じで,生産者(開発者)の力だけで収穫(成果)を上げられるわけではない」と思うようになり開発の仕事を辞してしまいました。私の考える「ソフトウエア開発=農業論」とは,次のような要因がソフトウエアの完成,すなわち「収穫」を左右するというものです。

●種(品種)
開発内容,難易度,予算,納期
●生産者
開発者のスキル,モチベーション
●畑(土壌)
チームや会社の体制,マネジメント
●天候
クライアントとの折衝,社会情勢

 すべてがうまくいけば,優れたシステム=作物を安定して収穫できます。しかし現実には様々な制約やトラブルが次々と発生して,思った通りに開発が進みません。

ソフトウエア開発を取り巻く災害
 種(開発内容や予算,納期)が悪ければどんなに努力してもよい成果は出ませんし,よい種でも生産者のスキルが低ければ成長が悪くなります。開発中には,急な仕様変更や納期短縮,予算削減,人員削減といった「災害」が次々とプロジェクトを襲います。

 私はこの中で生産者の位置にいました。常に妥協を強いられながらも,高い開発スキルや優良な健康状態,独創的なアイデア,効率的ながらも従順な思考——を求められ,精神的にも肉体的にも消耗していきました。

 開発者にとって,スキルアップとモチベーションの維持は重要な課題です。そのためには納得のいく対価と,優秀な種や畑が必要です。種や畑がダメだとしても,例えば技術セミナーへの参加や資格取得奨励,十分な休暇と給与などの「肥料」を効果的に投入することで,生産者のスキルとモチベーションを高められますが,いずれも満足に与えられませんでした。

 そのうち「もっと楽で,相応の対価が得られる仕事にシフトしないとこの先危ないぞ」という危機感が強まり,ついに会社を辞めてテクニカル・ライター業に転身しました。私はいわゆる「教えたがり」で,自分で考えたり体験したりしたことを他者に教えることが好きでした。また自分の責任と権限で物事を決められる独立したライターの方が,会社勤めよりも精神的に楽だったのです。

 もっともテクニカル・ライターは自営業なので,将来性や生活保障などへの不安も大いにありました。しかし,労働にほぼ正比例する報酬は非常に魅力的でした。ソフトウエア開発の生産者としての能力を上げる道よりも,作る物と作り方を変える道を選んだというわけです。

不満を感じ始めたところでMVPに
 テクニカル・ライターは,自分の裁量で種を選んで,情報を生産できる自由度の高い仕事です。しかししばらくすると,今度は種であるWindowsとマイクロソフトの体制そのものの問題に気づくようになりました。

 例えばユーザー・サポートの手薄さ,Windowsの場当たり的なライセンス体系,近視眼的な製品ロードマップ,ユーザーに不利なプロダクト・ライフサイクルの改訂—— などです。そして,これらがマイクロソフトの一存で決まってしまうことに問題の根源があると気づいたのです。

 システム開発や運用の現場では,システムの開発費用を償却し終わって利益を上げるまでは,サポートを継続してほしいと思っているでしょう。第一,新バージョンへの移行コストが頻繁に発生するのは避けたいものです。そうした中でマイクロソフトが「MS MVPプログラム」を開始し,私もMS MVPに認定されました。

 しかし,私は口が悪いですから,MS MVPへの認定の打診があった際には,正直戸惑いました。体よく「外部エバンジェリスト(伝道者)」になってしまい,言いたいことが言えなくなるのではないか,いわゆる「提灯記事」しか書けなくなるのではないか——と恐れたのです。
(次のページへ続く)