マイクロソフト プロダクト ディベロップメント リミテッド
ディベロッパー製品開発統括部
インターナショナル プログラム マネージメント グループ
プログラム マネージャ
桜井 慶彦
手前味噌のような感じですが,Microsoft Pressから出ているCharles Petzoldが書いた『CODE』を最近読みました。Windowsプログラミングの教科書として読んだ「プログラミングWindows」を書いたひとも,結局はこういった基礎へたどり着くのか,という共感と私の現在の仕事としていることとの幅に関して改めて感慨深く思いました。




 開発ツールやそれに関連するサービスは,世界中のお客さんに使っていただいて,いろいろな局面でお役に立てていただけています。マイクロソフトは多国籍企業ですので,世界中に研究開発のオフィスがあり,そこから最新の要望や意見を取り込んで,各国の市場要求にこたえた製品を提供することが目的です。日本の研究開発拠点は東京都調布市にあり,私たちが担当しているのは,Visual Studioの製品開発部門の中でも,ソフトウエアの日本語化を含む国際化を担当しています。


イラスト:岡本 敏

お客様とコミュニケーションを取るのが仕事
 米国には日本語を話される人も増えていますし,日本の文化をルーツに持つ人もたくさんいます。しかし,わざわざ日本にきちんとした研究開発用のオフィスをそれなりの規模として置くわけですから,そこでしか確保できない人材を用いて,そこでしかできない経験,そこでしかできない考察や分析に基づいた貴重な意見や研究開発活動を求められます。

 こういった日本市場の要求から製品へと結びつく意見や要望は,部屋の中に数人で閉じこもってミーティングをしていて自然に沸いてくるわけではありません。教科書に手本が載っていて,それをだれかが教えてくれるわけでもありません。日本市場における要求だからといって,そこで生活をしていれば分かるという単純なものでもないでしょう。

インタビューやアンケートで客観情報を収集
 私たちのソフトウエアは,研究や創作活動のために作っているのではなく,お客様がいて,毎日使用されるものです。ユーザーが日々の厳しい業務の中で使用して出てくる要求を,われわれは理解する必要があります。そのためには,実際に製品やサービスを使っていただいている様々なお客様に対して,インタビューをしたり,アンケートによる使用感を収集したりして,日々コミュニケーションを取っています。

 ユーザーから収集した情報に対して,われわれは客観的な判断を下しながら,ユーザーの立場に立って実際に追体験を実践することを通して,どういったものが日本のユーザーにとって適切なのかを理解しようとしています。

 われわれに求められている能力は,これらのリサーチや経験を基に,要求を見つけ出す分析能力,それを裏付けるのに必要な技術理解力,さらにそれを様々な背景に持つ人たちに伝えて情報を共有するコミュニケーション能力——といったところでしょうか。さらにそれを支える情報インフラが必要です。これらの事柄の重要性を認識し,遂行する実行力と組織力が組み合わさって,はじめてうまくいくのです。

ユーザーに会って生情報に接するのが一番
 ソフトウエア開発に携わる職種は,毎日コンピュータの前に何時間も座りっぱなしでコードを書くのが正しい姿勢であると思われがちです。そして,直接仕事とは関係のない趣味の話や,たわいもない雑談をお客様とする時間は無駄で仕事と関係ないと考えたとしたら,それはソフトウエア開発の仕事としては問題でしょう。

 日本的で生産性が低いと思われている顔を付き合わせたコミュニケーションには,何気ない動作やその場の雰囲気など,驚くほど密度の濃い情報があります。また,一見,仕事とは全く無関係だと思われがちな,趣味の話や季節の話題は,相手を理解するためにとても大切なことです。こういったものの考え方は,欧米でもビジネスの合間にパーティなどがありますから,日本特有のものではないでしょう。ソフトウエアを使うのは人ですから,その人を十分に知ることなしに,いいものはできないでしょう。

 このような重要性を認識していても,実践に移すにはなかなか障壁があります。既に目いっぱい仕事を抱え込んでいるなかで,お付き合いしていただけるユーザーを発見することです。きっかけをつかむことが非常に大切ですので,社内の各部署を経由して紹介をしていただいたお客様を訪問したり,コミュニティ活動に活発に参加したり,社外で行われるコンファレンスなどに直接参加したりするなど,お客様に直接会う機会を増やすよう心がけています。例えば,ベータ試用期間中に,質の高いフィードバックを頂いた方と,自然にお会いすることもあります。大体2カ月に一度ぐらい会うという頻度です。それでも,多くのユーザーに接することになります。その中から,さらに定期的に時間を割いていただいて,お仕事の詳細で具体的な開発作業のお話を聞かせていただける方は,大体両手で数えられるほどに限られてきてしまいます。

 このような仕事をしていて困ってしまうのは,マイクロソフトから人が来ると,なぜか販売の拡張か,新技術の啓蒙のためだと誤解されてしまうことです。なかなか実際の開発ツールやサービスをお使いになられているユーザーに会えないことも多くあります。お会いできてもユーザーの専門知識は様々で,私たちよりもはるかに多くの知識を持たれていらっしゃる方がいる一方で,全く別な分野の専門家であったりと,うまく適合しないこともあります。

 しかし,そういった方でも,お会いすることが無駄になることはほとんどありません。程度の差こそありますが,何か確実に考えさせられるものを持ち帰ることになります。フィードバックは簡単に昇華しきれないくらい,多種多様なものが出てきます。その内容は,ライセンス形態の変更要望のような,ビジネス全体にかかわるものから,外字の取り扱いといった技術的なもの,それにフォントの表示順序などといった使い勝手に関するアイデア,バグ情報——など,多種多様なものがあります。

 私は主に技術的な案件に対して,日本市場の特殊性に起因する要求を取り込む仕事をしています。ところが,レポート機能のライセンスに関する表面的には機能と関係ないビジネス的なものだと思っていても,実は内容をよく分析していくと,データ・グリッドの機能要求にたどり着くこともありました。派生するフィードバックも次々と持ち上がって,なかなか収拾が付かなくなることも多々あります。

 私の作業は,持ち上がった案件の中でも,技術的に解決可能なものを摘出したり,客観性を持たせる作業として関連したアンケートをオンラインで後日行ったりして,ある程度の信憑性があるまとまったデータを作成します。まとめるときに,全般的な客観性だけではなく,特定の方向性を持ったユーザー像もいくつか浮かび上がってきます。それらの分析・分類を通じて,要求をシナリオとしてまとめあげる作業は,なかなか骨が折れる作業ですが,それだけやりがいもあります。