マイクロソフトは2004年2月24日,フリーのASP.NET開発ツール「ASP.NET Web Matrix」の日本語版を公開した()。Webサイトからダウンロードできる。XML Webサービスに対応したアプリケーションやデータベース・アプリケーションもすべて無償で開発でき,後述する無償のホスティング・サービスを利用することで,開発したアプリケーションをインターネットに公開することも可能だ。

 Web Matrixは,米MicrosoftのASP.NETチームが開発したASP.NET専用のツールで,Visual Studio .NETによく似たユーザー・インターフェースの統合開発環境を備える。Web MatrixはC#で書かれており,.NET Framework上で動作する。圧縮形式のインストール・モジュールは約1.8Mバイトと小さい。公開されたバージョンは0.6で,現在公開されている英語版と同じ。英語版でも日本語を扱うアプリケーションを開発できるが,Web Matrixの日本語の表示に問題があった。

 Web Matrixは,ASP.NETをホスティングする専用のWebサーバーを内蔵するため,IIS(Internet Information Services)を必要としない。そのため,IISを含まないWindows XP Home Editionでも利用できる。Visual Studio .NET 2002/2003でASP.NETアプリケーションを開発する場合には,別途IISを必要とした。ちなみにWeb Matrixが備えているWebサーバーもC#で書かれており,.NET Framework上で動作する。

 また,Web Matrixで開発するASP.NETアプリケーションは,ユーザー・インターフェースとロジックを1つのaspxファイルに記述する点が,Visual Studio .NETでの開発と異なる。Visual Studio .NETでは標準で,ユーサー・インターフェースとロジックを別々のファイルに記述する「コード・ビハインド」と呼ぶ方式を採る。複雑なアプリケーションを開発する場合には,ユーザー・インターフェースとロジックを分けるとプログラムの内容を把握しやすくできる。だが,役割の異なる複数のファイルができると,特に入門者にはかえって分かりにくいかもしれない。学習時に作成するような簡単なプログラムのように,プログラムのすべての要素を1つのファイルにまとめた方がいい場合もある。

 操作性に関しては,Visual Studio .NETとほぼ同じ。ただし,Web Matrixはコード補完機能のIntelliSenseを備えていない。デバッガもない。Web Matrixは,ASP.NETプログラミングの学習や簡単なサンプル作成を主なターゲットとしているためだ。中・大規模なプログラムや,デバッガが必要なほど複雑なプログラムの作成には,Visual Studio .NETの利用を勧める。

 Web MatrixでもXML Webサービスに対応したプログラムを開発可能だ。XML Webサービスのサーバー(呼び出される側)を作る場合には,プログラムの新規開発時にXML Webサービス用テンプレートを選ぶ。一方,クライアント・アプリケーション(呼び出し側)を作るときは,付属のウィザードを使ってXML Webサービスのプロキシ・クラスを生成する。実際にXML Webサービスを利用するには,こうして作ったクラス内に実装されるメソッドを呼び出す。この点はVisual Studio .NETと同じだ。

 別途,SQL Server 2000 Desktop Engine(MSDE 2000)をインストールすることで,無償でデータベース・アプリケーションの開発もできる。その際,Web Matrixの「データ」ウィンドウ(Visual Studio .NETのサーバー・エクスプローラに相当)からテーブルをドラック・アンド・ドロップしてユーザー・インターフェースを作れる。この点は,Visual Studio .NETよりも優れている。この機能は2004年末または2005年初頭に出荷予定のVisual Studio .NETの次期バージョン(開発コード名「Whidbey」)に実装される予定だ。実は,最初にWeb Matrixに実装され,それがVisual Studio .NET(Whidbey)にフィードバックされる機能がいくつかある。ASP.NETホスティング用の内蔵Webサーバーもその1つである。なお,MSDE 2000は,マイクロソフトのWebサイトから無償でダウンロードできる。

 さらに開発したASP.NETアプリケーションをインターネットで公開することも可能だ。これには,無償のASP.NETホスティング・サービスを利用できる。このサイトは,登録すれば誰でも利用でき,20Mバイトの容量が与えられる。SQL Serverも利用できる(データベース容量は10Mバイトまで)。Web Matrixは,FTPクライアント機能を備えているので,開発したASP.NETアプリケーションを,そのままアップロードできる。

 Web Matrixの稼働OSはWindows 2000または同XPで,.NET Framework 1.1が必要。利用可能なプログラミング言語は,Visual Basic.NET,C#,J#である。なお,英語版のWeb Matrixは.NET Framework 1.0向けにコンパイルされているが(同1.1でも動作可能),日本語版は同1.1向けにコンパイルされており,同1.0では動作しない。

プログラミングの入門に使える

 Web Matrixは,プログラミングの入門に最適だ。基本的なプログラミング作法を学ぶ必要はあるものの,1つのプログラムを作るのに1つのファイルだけで済むし,実行ボタンをクリックすればインタープリタ感覚ですぐに動かせる(Web Matrixで利用するC#などの言語はコンパイラ言語である)。あたかも1980年代のパソコンのプログラミング環境のようだ。

 1980年代のパソコンは,電源を投入するとROM BASICが起動し,すぐにプログラミングできる環境にあった。恐らくその当時にパソコンに触れていたユーザーの多くは,単純な条件分岐を利用した「数当てゲーム」や「占い」など,数行程度のプログラムからプログラミングを始めたに違いない。1つのプログラムは基本的に1つのファイルから成っており,単純で分かりやすかった(ROM BASICでは「ファイル」という概念さえなかった)。

 現在のパソコン環境は,プログラミングの学習という点では複雑になりすぎてしまった。入門者にとっては,今のプログラミング・ツールで作られるファイルは,数は多く,それぞれの役割も分かりにくい。仮にツール自体は無償で入手できたとしても,「ちょっと試す」には敷居が高すぎる。単純なプログラムから,複雑で規模の大きいプログラムへと順に経験を積んでいけば,ソース・ファイルを複数に分けたり,プロジェクト・ファイルでプログラムを管理したりする利点が理解でき,便利なものだと実感できる。Web Matrixは現在の「ROM BASIC」とも言えるのではないか。このツールをきっかけに,プログラミングの世界に新たに入ってくるユーザーが増えることを期待する。

(山口 哲弘=日経Windowsプロ)