マーケット調査会社の米IDCによると,米Microsoftは同社が運営するオンライン・サービスMSNの事業戦略を大きく転換し,ブロードバンド業者との共同ブランドによるポータル・サイトとして再構築するもようだ(訳注:日本では2000年11月にISP事業を終了しているが,米国では現在もMSNブランドでISP事業を行っている)。

 Microsoft自身は,今回の計画は従来の路線に沿った改善策に過ぎないとして平静を装っている。しかし,実際の変更点は多岐にわたる見込みで,Microsoftは870万人の加入者を擁するISP事業からいずれ撤退することになりそうだ。加入者にとっては災難かもしれないが,この戦略転換を別の角度から見ると非常に興味深い。米America Online(AOL)をオンライン・サービスのトップの座から引きずり下ろしたいという積年の夢を,Microsoftがついに諦めたと受け取れるからだ。

 MSNをポータル・サイトにする計画とは,ブロードバンド事業者のカスタマがMSNの各種サービスを利用できるようにするもので,ホーム・ページとしてMSNのポータル・サイトにアクセスすることになる。現在,米国の通信会社Qwest Communications Internationalの高速接続サービスのユーザーはこの形態でMSNの利用を始めている。同じく米通信会社のVerizonもつい最近,同様のサービスを開始することでMicrosoftと契約を交わしている。

 面白いのはQwestとVerizonのいずれもDSL(Digital Subscriber Line)業者で,CATV市場との提携がまだない点だ。実はMicrosoftはCATV業者とはそう簡単には提携に持ち込めない事情がある。この業界の大手といえば,もちろんAOLの親会社であるAOL Time Warnerである。ソフトウエア・ベンダーと違って,CATV事業者から見ればMicrosoftはパートナになる企業ではなく競争相手なのだ。今回の戦略転換でMicrosoftはこのようなとらえられ方が変化すると期待できる。

 ユーザーがこぞって高速な接続サービスに移行している現状では,ダイヤル・アップ接続サービスからブロードバンド環境での付加価値サービスへと軸足を移すことには意味がある。しかし,この新市場でのアクセス手段は電話会社とCATV会社が牛耳っている。このためMicrosoftは従来のように対抗することでビジネスを進めることができず,パートナシップを探ることを余儀なくされる。IDCのレポートは,「MSNの新戦略は,Microsoftが意欲を見せていた通信市場に対して,手じまいを始めた兆候だ。数年先のことになるだろうが,ダイヤル・アップの市場からは徐々に撤退することになるのではないか」としている。ただしMicrosoftはこの点についてはダイヤル・アップ接続サービスが市場として成り立っている限り,他社と競争していくことを明言している。

 Microsoftは,95年に「The Microsoft Network」という名称で始めたこのサービスをなかなか軌道に乗せられず,何度もいじくり回してきた。95年8月にWindows 95の一部という位置づけで始まった時は,オンライン・サービス市場でのユーザー獲得のためにOS市場での独占的な立場を不当に利用しているとして,競争相手から訴えられ,米政府とMicrosoftとの最初の合意判決の焦点にもなった。しかし,昔のCompuServeに似たパソコン通信のサービスだったThe Microsoft Networkは,実際にはあまりユーザーを獲得できなかった。95年末には,Microsoftがインターネットへの取り組みを強化し,これに合わせてMSNもインターネット・ベースのサービスとして再構築された。それでも,ころころ変わるユーザー・インターフェースやコンテンツ整備の方向性を誤ったことなどで,90年代の終わりまで鳴かず飛ばずだった。

 MSNがようやく軌道に乗るきっかけとなったのは,2000年にリリースしたコンシューマ向けのフロントエンドソフト「MSN Explorer」である。2002年にはMSN 8として改良版がリリースされている。さらにその次期版であるMSN 9にはOfficeと統合する計画があったが,Microsoftは最近になってその計画を延期した。MSN 9のリリースは2003年末と見られるが,どのような改良が加わるかは明らかになっていない。