マイクロソフト日本法人を設立し、初代社長を務めた古川享氏が、6月末付けで同社を退社することになった(速報参照)。古川氏の退任には2つの意味がある。

 1つは、パソコンの世界で、日本市場が“独自市場”ではなくなったこと。かつて日本は、欧米と異なるダブルバイト(2バイト)の日本語対応が必要なことや、一太郎など国産ソフトが圧倒的なシェアを誇っていたことなどから、世界的に見て特異な市場だと思われていた。古川氏がマイクロソフト日本法人を設立し、米本社からは見えにくい独自市場との架け橋になることで、創世記のパソコン業界を引っ張っていったのは、まさにその頃のことである。

 しかし、例えばWindowsなどOS自体がダブルバイトに対応するようになり、一太郎のかわりにWordが普及。もはや、マイクロソフトにとっても日本は独自市場ではなく、同社の世界戦略の中に完全に組み込まれたのである。マイクロソフト日本法人に米国人社長が就任したのに続いて、古川氏が退任するのは、こうした市場の変化の象徴だ。

 2つ目は、マイクロソフトの戦略が岐路に立っていることだ。これまでマイクロソフトはハードなどの技術進化をベースにして、ユーザーの利用形態を考え、パソコンのあるべき姿をガイドラインとして提示してきた。これにメーカー各社が乗っかる形でパソコン業界は発展してきた。当然、その中心にあるのはWindowsやOfficeだ。

 しかし今、ユーザーが高い関心が寄せている、新しいパソコンの用途は、従来のようなハードの性能をベースにしたものではない。例えば音楽などのコンテンツ配信も、放送とインターネットの融合も、携帯電話との連携も、障壁はすべて、複雑に入り組んだ「既存の権利関係」である。生活や仕事の基盤が、家電や携帯電話を巻き込んだデジタル社会へ、ブロードバンド型ネット社会へとシフトしていく中で、こうした「社会的な問題」の解決が求められているのだ。

 これに対して、古川氏は、コンシューマー戦略担当・技術責任者として、オープンソース陣営など、ライバルと目される企業・団体とも協力し、パソコン業界にとどまらず、広く他の業界を横断して問題解決に取り組んできた。

 ただ、マイクロソフト自身が企業として、「パソコン業界の盟主」から「新しいデジタル・ネット社会を切り開くリーダー」となって、この課題に対してどこまでコミットするかを決めかねている。特に日本は、北米に次ぐ第二の市場であり、世界でもトップの利益率を誇っている。社内の人間からも「キャッシュ・カウ」(資金を生む乳牛)だと声が上がるほどに、既存の利益追求のビジネスモデルがうまく働いており、これを崩したくない。

 古川氏が同社を飛び出して活動するのは、新しい役割への移行に対して明確に「YES」とは答えられない、同社の現状を象徴している。

(服部 彩子=日経パソコン)