ADSLやインターネット接続サービスの話に「ベスト・エフォート」という言葉が出てくることがある。「自宅は50メガADSLだけど,10メガでしかリンクしなかったよ。ベスト・エフォート型のサービスだからしょうがないね」といった感じだ。この「ベスト・エフォート」という言葉にはどんな意味があるのだろうか。

 ベスト・エフォートは「最善の努力」といった意味の英語である。通信やネットワークの世界では,その場の状態によって提供される性能や品質が変化するタイプの技術やサービスに対して使う。「性能や品質は保証しないけれど,可能な範囲で最善を尽くします」といった意味で「エフォート」(努力)という言葉を使っているわけだ。

 ベスト・エフォートの対語は「ギャランティ」(保証)である。これは,,最初から一定の通信品質を保証するタイプの技術やサービスを指す言葉だ。

 ベスト・エフォートという言葉自体は,以前からある普通の英語表現なのだが,国内で一般に広く使われるようになったのは1996年以降のこと。この年に始まったインターネット接続サービス「OCN」の仕様を,NTT(当時)が説明するために使ったからだ。

 OCNは,当時としては破格の安さでインターネットへの接続を提供するサービだった。その秘密は,多くのユーザーで回線を共有する構成にあった。

 例えば,あるユーザーに128kビット/秒の回線をギャランティ型のサービスで提供するには,通信事業者は128kビット/秒の帯域をずっとその一人のユーザーのために確保しておく必要がある。それに対して,OCNの128kビット/秒サービスでは,1本の128kビット/秒の回線を最大24人のユーザーで共有して使うようにしたのである。

 こうすれば,1人当たりのコスト負担は24分の1にできる。その代わり帯域はユーザーで分け合って使う格好になる。たまたま24人全員が同じタイミングで通信をすれば,使える帯域は24分の1になる。逆に,ほかにだれも使っていなければ,1人で全部の帯域を占有できる。

 要するに,使える速度は同時に通信しているユーザー数に左右される。ベストの状況なら1人でカタログ速度の128kビット/秒が使えるが,「いつもそうだとは保証しませんよ」というわけだ。

 今では当たり前のことだが,OCNがスタートした当時はこうした考え方自体が画期的だった。そこで,こうした考え方を説明するのに,NTTは「ベスト・エフォート」という言葉を使ったのである。

 ただ,現在はベスト・エフォートの意味が当時と少し変わってきているようだ。「最善を尽くす」という部分が弱まり,「品質を保証しない」ことを遠まわしに伝える際に使われることが多くなった。

 冒頭のADSLサービスがまさにこの例になる。カタログで「最高50Mビット/秒」と書かれていても,50Mビット/秒で通信できる可能性はほとんどない。言葉の本来の意味を考えると,こうしたサービスを「ベスト・エフォート」と呼ぶのは,少しおかしいかもしれない。

山田 剛良