「IPセントレックス」とは,今もっともホットな企業向けのIP電話サービスである。従来のPBXを中心とした内線電話網をまずIP電話に置き換え,さらにPBXの機能をサービス事業者のIPネットワーク内にあるIPセントレックス・サーバーに肩代わりさせる。こうすることで,IP電話による通話コストの削減に加え,PBXのリース料が浮き,運用の手間も省ける。

 しかし,既存の内線電話網をいきなりIPセントレックスに置き換えようとしてもわからない点が多い。例えばFAXの扱い。PBXがなくなってすべてIP電話になったらFAXはどう使えばいいのか。今回はここに焦点を当てて見ていこう。

 ファクシミリ機をIP電話の環境に接続するには,「TA」(terminal adapter)呼ばれる装置を使う。TAとは,既存の電話機をLANにつなぐVoIP(voice over IP)ゲートウエイと同じ役割を果たす。つまり,FAXの信号をIPパケットに変換してIPネットワークに送り出すわけだ。

 しかし,TAがFAX信号をIPパケットに変換する方法は,実は3種類もある。この方式が合わないと,ファクシミリ機間で相互に通信できなくなる可能性があるのだ。

 まず最初の方式は,FAX信号を音声としてそのままIPパケットに詰めて送る「音声みなし方式」である。この場合,TAはVoIPゲートウエイとまったく同じように働く。音声が滞りなく伝わるなら,みなし音声方式のFAX信号も通るはず。しかし,遅延やデータのロスに対してFAX信号は敏感なため,実際には,音声が通ってもFAXが通らないという現象が起こる。

 二つめの方式は,IP電話でFAXを送るための専用プロトコル「T.38」を使う方法である。みなし音声方式に対してT.38は,パケットの遅延やデータ・ロスに強い。しかし,FAX送信先のTA,さらにはIP電話網と加入電話網のゲートウエイがT.38に対応している必要がある。

 三つめの方法は,FAXデータを電子メールのプロトコルを利用して送信する専用プロトコル「T.37」を使う方法である。ただし,T.37は実際のIPセントレックス・サービスではほとんど使われていない。

 サービス事業者は,ほかの電話網がT.38やT.37に対応しているかどうかわからないので,FAXの伝送には音声みなし方式を使うことがほとんどである。

 確実にFAX信号を通したい場合は,加入電話の回線を1本残しておき,そこに直接ファクシミリ機をつなぐしかない。IPセントレックス・サービスを提供するNTT-MEでは,「IP経由でもほとんどの場合FAXは通りますが,必ず通るとは保証できません。ですから,FAX向けには加入電話回線を使うことを推奨しています」という。

高橋 健太郎