屋内などに張り巡らされている電力線を使用してデータを送受信する電力線通信(PLC:power line communication)。その実用実験に取り組む企業が増えている。各地方の電力会社をはじめ,松下電器産業,三菱電機,NEC,NTTアドバンストテクノロジなどがが着手している。これだけ多くの企業が実験に取り組むのはなぜなのか。今回はPLCのしくみから実験の背景を見ていこう。

 自宅でもネットワークを構築するにはLANケーブルを引くのが一般的。しかし,LANケーブルを引く作業は手間もコストもかかる。それに対して屋内の電気配線は,すでに各部屋まで引かれている。この電気配線を通信に使うPLCは,パソコンからのデータを変調してLANケーブルの代わりに電力線を使ってデータを送信する。そして受信側のPLCモデムで流れる電気からデータを取り出しパソコンに渡す。PLCモデムの電源プラグをコンセントに差し込むだけで家庭内での通信が可能になる。

 電力線を使った通信は,すでに欧米の一部で実用化されている。PLCモデムは1台70ドル程度で売られている。

 こんな便利な技術が,なぜ日本では実用化されていないのか。それは,高速でPLCを使おうとすると,強い漏えい電波が発生して既存の無線通信と干渉してしまうからである。

 現行の電波法では,電力線で送れる電気信号の周波数帯を10k~450kHzに制限している。しかし,この周波数帯では100kビット/秒程度の転送速度しか出ない。そこで,伝送損失が少なくノイズが乗りにくい2M~30MHzの周波数帯をデータ伝送に使う高速版のPLCモデムが登場してきた。高い周波数帯を使うので,最大200Mビット/秒まで高速化できる。

 しかし,電力線に高周波の電気信号を流すと,電力線がアンテナになって高周波の電波がばらまかれる。この漏えい電波が既存の無線通信にとってノイズとなるのである。

 高速PLCが出すノイズの影響を受けるのは,国際短波放送および日本国内のアマチュア無線や船舶通信など。欧米では,PLCに2M~30MHzの周波数帯を利用できるのに対し,日本国内では認可されていない。

 しかし総務省は,PLCの漏えい電波を低減する技術の開発を目的とした実験に対して,この周波数帯の利用を2005年3月まで許可した。実証実験により,どれだけ干渉が抑えられるかを検証するわけだ。各社の実証実験の目的も,ノイズ低減技術の検証にある。

 高速版PLCは,2002年8月にまだ技術が成熟していないとして実用化を先送りした経緯がある。しかし,技術の進歩により「すでにPLCの漏えい電界を抑える技術は確立している。あとは試験して実際の運用に関するデータを取るだけ」(高速電力線通信推進協議会の加來尚主任)になっている。

 ほかの無線への影響がないことを証明する実験結果が出そろえば,高速PLCの実用化へ向け,大きく前進することになるだろう。

安藤 正芳

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