「地上デジタル放送」は,日本での地上波を使ったディジタル方式のテレビ放送のことだ。固定アンテナで受信する据え置き型テレビに向けた放送は,東京,大阪,名古屋の3大都市圏の一部地域を皮切りに,2003年12月にスタートした。これに加え,ちょっと先になるが,2006年春には携帯端末向けの地上デジタル放送が始まる計画である。今回は,地上デジタル放送で,テレビ向けサービスと携帯端末向けサービスの違いを見ていく。

 地上デジタル放送では,470M~770MHzのいわゆる「UHF帯」を使って電波を送る。一つの放送局は,その中の約5.6MHzを13個の「セグメント」と呼ぶ単位に等分して利用する。1セグメントの帯域幅は約429kHzになる。13個のセグメントのうち,中央の1セグメントを携帯端末向けの放送に使う。残りの12セグメントは据え置きテレビ向けである。

 12セグメントを使う据え置きテレビ向けのチャネルは,最大約21Mビット/秒でディジタル・データを伝送できる。このチャネルを使って,「MPEG-2」というフォーマットの映像を送信する。最大1920×1080画素のハイビジョン番組は約18Mビット/秒の帯域を使うので,ちょうど1番組送れる計算だ。また,映像のほか,音声やデータ放送の情報などもいっしょに配信する。

 1セグメントを使う携帯端末向けのチャネルでは,200k~300kビット/秒でデータを伝送することになりそうである。1セグメントしか使わないとしても,据え置きテレビ向けに比べてかなり低速になる。これは,電波の受信状況が悪くなる携帯端末を考慮して,速度よりもノイズ対策を重視した結果である。

 据え置きのテレビの場合,家の屋根に大きなアンテナを付けられるので,受信品質はよい。そのため,一つの波形(シンボル)に6ビットの情報を割り当てる「64QAM」という変調方式を使っている。

 一方,携帯受信向けには「QPSK」と呼ぶ変調方式を使う。QPSKは一つの波形に2ビットだけ割り当てる方式。一度に運べるビット数は少ないが,はっきりと区別できる波形でデータを送るので,ノイズの影響を受けにくい。

 映像のフォーマットも,携帯端末と据え置きテレビでは大きく違う。携帯端末向けの映像は,QVGA(320×240画素)というサイズが想定されている。単純に据え置きテレビ向けと同じMPEG-2で圧縮すると,1Mビット/秒弱の伝送容量が必要になる。そこで,携帯端末向けの放送では,高い圧縮率を実現する「H.264」と呼ぶ技術を採用する。これならば,QVGAで15フレーム/秒の映像を200kビット/秒以下で伝送できる。

 また,電波の受信方法も据え置き型テレビと携帯端末では差がある。据え置き型では,大きなアンテナを使いそれを10m程度の高さの屋根に設置する。そのため,アンテナの方向を調整するなどの対策で,きれいな映像が見られるようになる。

 しかし,携帯端末で受信する場合,アンテナの大きさは携帯端末に収まる程度と小さく,アンテナの高さは人間の背丈の1~2m程しかない。これでは,受信感度が大きく劣ることになる。

 このため,地上デジタル放送の受信感度をできるだけ上げるために,携帯端末側でさまざまな工夫が考えられている。有力な方法の一つは,1台の携帯端末に2種類の違ったアンテナを搭載し,両方で受信する「ダイバーシティ受信」だ。二つのアンテナで同時に受信し,信号の品質がよい方を採用するのである。

 携帯電話にはもともと,伸縮式の「ホイップ・アンテナ」が付いている。これに,携帯ラジオなどでよく使われているイヤホンのケーブルを利用した「イヤホン・アンテナ」を併用するのが有力候補だ。具体的にどのようなタイプのアンテナを採用するかは今後の開発課題だという。

高橋 健太郎