今回は,より詳しくITSSを見てみよう。ITSSは,多くのコンピュータ・メーカーやシステム・インテグレータ,ソフト会社の意見を参考にして作られたものだ。したがってITSSで定義されている職種は,組み込み系技術者など一部を除いて,ITエンジニアの職種をほぼ網羅していると言ってよい。

すべての職種を網羅

図2 経済産業省が作成したIT業界向け「スキル・フレームワーク」

 図2[再掲,拡大表示]に示す通り,大まかな職種分類で11種類,詳細な分類では38種類を定義し,それぞれの職種についてレベルを規定している。キャリアの最高レベルであるレベル7(年収1500万円以上)まで規定しているのは,コンサルタントとITアーキテクト,プロジェクト・マネジャー,マーケティング,営業担当者のみだ。

 ITスペシャリストやアプリケーション・スペシャリストとしてキャリアアップする道もあるが,最高のレベルを目指すなら,目標となる職種はコンサルタントかITアーキテクト,プロジェクト・マネジャーということになる。

図4 ITプロフェッショナルのキャリアパスとキャリア・チェンジの全体像

 ITSSで注目すべきは,運用担当者やカスタマー・サービス担当者のスキルもきちんと定義していることだ。ITSSの策定に携わったあるITベンダーの人事担当者は,「専門職制度やスキル定義は,これまで主に開発系の人材が対象だったが,今後はカスタマー・サービスや運用でも重要になる。実は,当社でもこの分野の人材像を明確にしているところだ」と言う。

 これまでは最初に就いた職種が運用なら,将来に渡って運用畑を歩むという,“直線的”なキャリアが多かった。しかしこれからは,専門分野を変える“複線的”なキャリア・チェンジも増えてくる(図4[拡大表示])。読者の方々には,図2のITSSや図4を参考に,自分のキャリアプランやスキルアップ計画を考えて欲しい。

日々の“能動的な仕事”こそが
キャリアアップにつながる

慶応義塾大学大学院
政策・メディア研究科
高橋俊介教授

 IT産業が,他の産業と大きく異なる点は二つある。一つはスキルの陳腐化のスピードが,他の産業に比べてはるかに速いこと。スキルだけではなく,キャリアや会社のビジネス自体が陳腐化するリスクも高い。もう一つは,ITエンジニアの日々の仕事が過酷なことだ。最近は成果主義の導入が進み,さらに不幸になっている。

 日本企業の多くは,定期採用や定期異動をベースにした“計画経済的”な人事制度を変えていない。この制度はスピードについていけないという点ですでに破綻していることを考えると,会社に頼っていたら市場価値のある人材になれないことが,分かるだろう。結局,ITエンジニアは自分のキャリアを自分で作っていくしかない。

 しかし,これは“言うは易く,行うは難し”の典型例で,たいていの日本人はキャリアを作るのが苦手。そういう訓練を受けていないし,これまで会社の言うとおりにやってきたので,どうやって自分のキャリアを作ればいいのか分からない。キャリアを作る能力とは「出世する能力」ではなく,「自分を幸せにする能力」だ。だから就職や転職のときにだけ,キャリアについて考えてもダメ。普段の仕事のプロセスの中で考える必要がある。

 一方であまり強烈に「こうなりたい」と思い込むのも良くない。変化が激しい中で数年後の状況は誰にも分からないし,自分のキャリアは自分では支配し切れない。思い込みが強いと会社や周囲の人間と上手くいかず,ストレスがたまる。

 重要なのは,日々の仕事に能動的に取り組むことだ。「能動的に」とは自分で仕事を作ったり提案したりする行為を指す。キャリアアップは偶然に左右される要素が強いが,能動的に仕事に取り組めば,高い確率でいいことが起こる。周りの人の目にとまりやすいからだ。

 この点で,ITエンジニアにとって最も大事なのは「コンピテンシ(行動特性)」と,自分で考える「What構築能力」だ。企業向けのソリューション構築では,上司は答を知らないし,顧客に聞いても分かるとは限らない。これでは振り回されることになる。自分からWhatをぶつけて,「自分が相手を振り回す」気持ちが大事だ。(談)

慶応義塾大学大学院
政策・メディア研究科
高橋俊介教授

1954年生まれ。78年東京大学工学部を卒業,84年に米プリンストン大学工学部修士課程を修了,マッキンゼーアンドカンパニーに入社。89年に人事組織コンサルティング会社の米ワイアットカンパニー日本法人に入社。93年社長に就任。97年に退社しコンサルティング活動や講演活動を開始。2000年から慶応義塾大学教授。「キャリアショック」(東洋経済新報社)などキャリア・デザインに関する著書多数。