第30回 基本情報技術者
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| 試験の名称と概要: | 基本情報技術者 情報処理技術者試験13区分の中で,プログラマやSEを目指す人にとって入門と位置付けられる試験。四肢択一80問の午前問題と,多肢選択式の応用問題7問(言語問題2問を含む)の午後問題が出題される。午前・午後とも800点満点中600点以上の得点で合格。試験は年2回春と秋に実施され,応募者数は毎回10万人を超える。合格率は平均15%前後。 |
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| 筆者略歴: | 本田 英子(ほんだ ひでこ) 外資系化学メーカーに15年間勤務し,人事総務部事務・秘書業務に従事。2001年に退職後,公的職業訓練校でシステム開発を学ぶかたわら,民間のスクールでDTP/Webデザインを学ぶ。現在はSOHOでWebサイト制作やシステム開発などを請け負う。自ら運営しているサイトのURLは,http://www.office-rose.com/(屋号:オフィスローズ)。 |
IT戦略のおかげで無料訓練を受講
不景気で,事務職を次々と正社員から派遣社員に切り替えていく会社が多い中,私が勤めていた会社も例外ではなかった。再就職にはかなり不利な年齢になってから突然放り出された私は,正直途方に暮れた。ただ一つ救われたことは,森・元首相の政策であるIT戦略のお陰で,無料のIT研修を沢山受けられたことだ。最初は,得意のOffice系ソフトのインストラクタを目指そうかと思ったが,運良く1年間の高度職業訓練を受ける機会を得て,今まで無縁だったプログラミングやネットワーク管理,データベース構築技術などを学ぶシステムエンジニアの養成コース(学校)に2002年4月から通い始めた。
同級生のほとんどが20代後半〜30代半ばの男性。女性は4人で,私以外はみんな20代だった。「ここを修了したところで,果たして私に仕事なんてあるのだろうか?」という不安を抱えながら授業がスタートした。
7月になり,担任の先生から情報処理技術者試験の受験を勧められた。就職に有利だし,勉強の励みにもなるからだ。クラスのほとんどの人が受けるというので,私も「基本情報技術者」を目指して勉強を始めることにした。しかし,開発者としての経験もなく,ズブの素人の私が,付け焼刃の勉強で合格できるだろうか。ハードウエアは苦手だし,OSのこともよくわからない。プログラミングは全く初めての経験だ。
かなり不安だった。
料理中も入浴中も,ひたすら勉強
「試験日は10月20日。まだ3カ月あるから何とかなる」――。そう思いながらも,最初のうちは試験勉強の時間が全く取れなかった。日々の学校や家事,小学校1年の息子の子育て。それ以外に,週2回ほど夜間にWebデザインのスクールにも通っており,それらをこなすだけで精一杯だった。何とか学校への往復時間やお昼休み,子供が寝た後など,細切れに時間を見つけては,ぼつぼつと勉強をした。
8月中旬が過ぎると,ようやく試験勉強にエンジンがかかってきた。私は試験までのスケジュール表を作成し,冷蔵庫に貼った。そしてダイニングテーブルの周りにテキストや問題集を山積みにして,毎晩のように深夜2時,3時まで真剣に勉強した。覚え始めたばかりのJavaに関する本だけでも7冊勉強し,過去問題や模擬試験にも精力的に取り組んだ。この間,読破したテキストや問題集は15冊に上る。
何せ開発経験がゼロなのだ。しかも,昼間は往復3時間かけて学校に通い,家事や子育てをしながらの勉強は,恵まれた学習環境とはとても言えない。それでもなぜか「この試験には絶対に受からなくてはいけない」という強い信念のようなものに駆られ,睡眠時間を削りながら必死に取り組んだ。「勉強量で勝負しよう」──。同じクラスの学友がみなライバルに見え,それが闘志となって私の中にパワーを生んだような気がする。
試験の直前まで気を抜くことなく,問題を解き続けた。最後の2週間ほどは,料理の最中はもちろん,お風呂の中にもテキストを持ち込んで勉強した。睡眠時間は,毎日わずか3〜4時間だったが,ただ気力だけは充実していた。
その甲斐があって,苦手だったシステム(ハードウエア,OS,ネットワークなど)も理解でき,私の中では「ほぼ完璧!」となった状態で,試験の日を迎えることができた。「できることはすべてやった。これで万全だ……」。ところが,思わぬ落とし穴があったのである。
母親心がアダになった10分間の遅刻
試験日の10月20日は,息子の小学校の運動会と重なっていた。試験が最優先だったが,母親としてできるだけのことはしたいと思った。偶然にも,試験会場と小学校は自転車で7〜8分の距離だったので,試験の合間を見て運動会にも顔を出すことにした。
朝,試験の始まるぎりぎりまで小学校にいて入場行進を見届け,試験会場に向かった。午前の試験はほぼ満足のいく結果だった。
昼食時間になると,またそそくさと自転車で小学校へ向かい,息子と一緒にお弁当を食べた。「息子に寂しい思いをさせず本当によかった」と胸をなでおろした。このとき油断が生まれた。小学校に少し長居し過ぎて,試験会場に戻ったときには,既に試験が始まっていたのだ。
表紙に書いてある試験の注意事項に目を通す暇もなく,私はあたふたと午後の試験に取り掛かった。午後の試験は応用問題で,時間配分が大切だ。10分ほど遅刻していた私は,焦って問題に取り組んだ。問題は難しくなかった。猛勉強してきたことをすべて出し切り,手応えを感じた。「合格だ!」と確信した。
ところが試験の3日後,情報処理技術者試験関係の電子掲示板の書き込みを読んで,衝撃的な事実に気付いた。プログラム言語の選択問題で,どの言語を選んだか選択番号をチェックするところがある。それにチェックをしていないと,いくら解答が正しくても採点の対象にならず0点になるというのだ。
「えっ? そんなチェックするところあったけ? 私,そんなチェックした覚えがないわ。試験官は何も言ってなかったのに……」。 そう,すべては遅刻が原因だ。試験開始前に試験官が注意を読み上げたのだ。その後,自分でも表紙に書いてある注意事項を読めば,チェックし忘れることはなかったはずだ。
結果はやはり不合格。午前は十分に合格圏内だったし,午後も800点満点で510点だった。選択番号のチェックさえしていたら,合格ラインの600点はあったはずだ。
まさに「二兎を追うものは一兎をも得ず」である。チェックマーク1つで,あれだけ勉強したことを無にしてしまった。失業者にとって,資格を取る時期も重要だ。この試験は,開発者として再就職するなら大きな武器になるはずだった。悔しくて,しばらくは夜も眠れなかった。
不注意を防ぐのも実力のうち
2003年の春試験で基本情報技術者に再挑戦し,無事合格した。点数も午前790点,午後760点という高得点だった。もちろん,チェックマークには十分気を付けた。
今回,この体験記を書いたのは,私のように不注意による不合格もあるのだということを知ってもらいたかったからだ。合格にはまず猛勉強あるのみ。これは確かだが,それだけで十分とは言えない。試験に集中して取り組むこと,体調を万全に整えること,時間に遅れないこと,注意事項をしっかり読むこと。勉強ばかりでなく,こういった基本的なことも漏らさずにできてこそ,初めて合格と言えるのだと改めて反省している。
その後,結局は就職せずに,現在はSOHOでWebデザイナー兼プログラマとして働いている。今の仕事はセンスが勝負で,基本情報技術者試験の資格はあまり関係ない。でも,システムの基本知識を勉強したこと,あれだけ頑張れたという思いが,今の自信につながっている。
