横井氏写真

横井正紀(よこい・まさき)

野村総合研究所 情報・通信コンサルティング二部
上級コンサルタント


1985年筑波大学基礎工学物質分子工学類を卒業。メーカーの研究部門(オフィスシステムおよびワークスタイル)を経て野村総合研究所に転籍。現在はリサーチ&コンサルティングに従事。専門はオフィス環境論、情報通信分野における技術動向分析と事業化支援、ならびに事業戦略立案。

 日本の情報通信環境はこの5年で著しく変わった。携帯電話利用者は契約数で5000万人を突破し、第三世代携帯電話の利用者も1000万人に迫る勢いである。また、固定網のブロードバンド化も国際的比較しても、コストと速度のパフォーマンスで見るとダントツであり、利用者も大幅に拡大した。日本全国情報が瞬時に飛び交うネットワークが整備されつつあるようにみえるが、その実感はどの程度あるだろうか。生活への利便性や企業活動に新たな価値を、どの程度及ぼしているだろうか。

 デジタルデバイドという言葉がある。都市部と地方の情報インフラの格差やサービスの充足度の違いをあらわす表現として利用されることが多いようだ。しかしこのデジタルデバイド、都市部と地方間の差異の問題と帰結してしまうことはいささか乱暴かもしれない。つまり、都市部やその近郊であっても局所的にデジタルデバイドされている場所は数多いのである。

■地域イントラに接続するまでのわずかな距離が問題に

 地域イントラネットは、多くの自治体で光ファイバーを利用するなど高速のネットワークとして整備が全国で活発に行われている。既に地域イントラネットが整備されている地域であれば、広く地域の通信基盤として多目的に利用でき、利用者の利便性向上に資するとともに、新規の回線敷設等構築経費の削減や運営管理コストの低廉化が可能になる。

 しかし、こうしてすぐそこまでブロードバンドが来ているのに、それに接続するまでのわずかな距離に対するサービスが提供されていない事情は各所に垣間見られる。

 例えば、電子カルテや在宅医療などと、IT化が華々しく見える医療現場であるが、その足回りになるネットワーク基盤となると課題は多い。役場のすぐ近くの診療所は地域イントラネットと接続しているが、さほど遠くない中核病院は地域イントラネットと接続されていないといった例も少ない。あとわずかな距離を光ネットワークで安価に引き込むことができればそれに越したことはないが、1kmの敷設に相当なコストを負担するようなことになると二の足を踏んでしまいがちだ。電子カルテを共有するといった場面は様々なところで描かれているが、それを実現するネットワークの姿が描けていないのである。

 このようなラストワンマイル問題を解決するために、無線ネットワークを利用してはどうだろうか。無線といっても30GHzや60GHz帯などの周波数を用いれば広帯域であり速度は速い。セキュリティや、エンド・トゥ・エンドでの品質制御や安定性には課題を残しているものの、導入コストが、光ネットワークを引き込むことに比べて安価である点、場所に制約されないネットワーク環境を提供することができる点は魅力である。コスト的に光ネットワークを敷設することができない場所にFWAなどの方式によって広帯域な通信環境を整えるというわけだ。

 最近よく取り上げられる言葉としてFMC(Fixed Mobile Convergence)がある。有線と無線のネットワークを融合させた環境で情報を流通させる方法であるが、前述のようにラストワンマイルに無線ネットワークを利用すると、光ネットワークと無線ネットワークを用いた通信基盤が整備され、FMCがまさに現実のものとなる。

■利用価値が高い公共ホットスポット--日常から防災まで

 FMCというと、携帯電話網と固定電話網を融合したサービスとして焦点が当てられているが、このような地域イントラネットの活用場面でも無線と有線を融合させた盤石な基盤が求められている。利用は前述のような医療関係の用途にとどまらない。防災や災害時はもちろんのこと、日常でも利用価値がある。

 例えば、公共のアクセスポイントとして小中学校にアクセスポイントを設置すれば、救急車、消防車両、警察車両、行政車両、ならびにライフライン関連企業の車両が大容量なファイルを送受信できるようになる。公立小中学校は住民居住地域に比較的均等に分散しており、地域の幹線道路にも面している。この小中学校を無線システムを使ってネットワークにアクセスできるエリアにすること(いわゆるホットスポット化すること)は、日常および非日常で以下のような利用局面を生む。

日常 学校教育としての利用(無線ネットワーク環境)
幹線道路を走る車両との大容量ファイルの送受信
非日常 災害などで避難拠点となった場合、通信手段として利用

 いつでもどこでも高精細の画像を送ることができる環境を実現するには初期投資の規模が大きくなる。電柱のように密度高く基地局拠点を張り巡らせることができればよいが、財政面、設備面などから現実は簡単にいかない。しかし、上記のような複合的な目的を念頭に置くとともに、災害時の通信基盤としての利活用までを視野に入れて、学校のような施設を公共ホットスポット空間として整備を加速させることで地域イントラネットを活かすチャンスが生まれる。

■地域情報化のアプリケーションの充実を

 ただし、有線と無線の回線をつなぐだけでは有益性は限られてしまう。必要なのは例えば以下のようなFMC環境を利用できるアプリケーションだ。

 農地の害虫発生状況をつかむために害虫を光で集めるシステムがある。これは集めた虫を撮像し、その形状から害虫を判断するとともにその個数をカウントし、これらの情報から、散布する農薬の量や時期を割り出すものだ。広い農地に何カ所かこの機器を据え太陽電池によって駆動し情報を無線LANシステムで伝送する。そして、その情報をバケツリレー方式でアクセスポイントまで持っていき、地域イントラネットワークを介して情報を集約する。まさに、農地のための一大センサーネットワークが出来上がる。

 住民のための動画情報をVOD方式で地域イントラネットワークに流すことも可能だ。地域イントラネットワークを基幹として用い、利用者は基幹ネットに設置されたアクセスポイントから動画情報の伝送を受け、視聴することができる。一昔前の「有線電話放送」が、動画を備えて現代版でよみがえる。

 このように、有線と無線のシームレスな連携をアプリケーションの世界まで広げ、地域のライフラインとして定着させることができれば、無線を加えることによって地域イントラネットの活用場面は大きく広がるはずだ。