すでに一部で実際に運用が始まっている電子申請であるが、その利用者数は期待通りには増えないようである。筆者も、「どうすれば、もっと電子申請を使ってもらえるようになりますか?」といった質問を受けることがあるが、正直なところ返答に困ってしまう。なぜなら、課題がたくさんあり過ぎて、どれから指摘したら良いものかと迷ってしまうからである。

 もちろん、対象となる手続やシステムによって事情が異なるため、これをやれば利用者数が増えると明言することは難しい。しかし、電子申請を使ってもらうためにするべきことは数多くあり、その多くが実行されていないというのが筆者の印象である。

 特に注意してもらいたいのは、「電子申請システムを稼動させて、そこそこ使い勝手が良ければ、どんどん利用者数も増えていく」という誤解・幻想である。確かに、電子申請によって提供するサービスの質を向上させることは、本質的に必要なことである。しかし、良い商品だからたくさん売れるとは限らないように、電子申請を利用してもらうためには、使い勝手を良くするだけではダメなのである。

 今回は、市民が電子申請を利用するまでのプロセスを考えることで、電子申請を利用してもらうためのポイントを整理してみたい。

■電子申請を利用するまでの5段階プロセス

 筆者は、市民が電子申請を利用するまでのプロセスを、「知る」「信頼する」「理解する」「準備する」「利用する」の5つに分けて考えている(下図)。しかし、現在の電子申請サービスでは、5番目の「利用」にたどり着く前に、多くの市民が挫折してしまうだろう。挫折してしまう要因を一つ一つ消していく必要がある。

プロセス


それでは、各プロセスについて解説してみよう


1.知る
──市民はどのようにして電子申請を知るのか


 まずは、電子申請サービスの存在を知ってもらわなければ話にならない。もちろん、役所のホームページ上で告知するだけでは不十分である。都道府県や市町村が提供する電子申請サービスの告知は、「地域ポータル」なども活用したい。地元の住民や商店街、商工会議所などが企画・運営するサイトであれば、よりダイレクトに住民にサービスを届けることができる。

 Googleなどの検索エンジンへの対応も大切である。「地域発見」のように自治体の情報を専門的に検索するサイトもある。ネット上で欲しい情報を入手するには、検索エンジンを利用する方法が最もポピュラーだ。もちろん、一般的な検索サイトで「住民票」と検索しただけで、地方都市○○町の住民票の写しの申請書のダウンロードページが上位に来るようなことはまず現実的にはないであろうが、せめて「○○町」「住民票」と複数語で検索した場合には上位にくるようにキーワード設定などの工夫をしたい。

 ちなみに、Googleで「会社設立」というキーワードで検索すると、出てくるのは民間企業のサイトばかりである。また、「婚姻届」で検索すると、法務省の婚姻届に関するページが一番に表示される(これはスゴイ!)。ところが、「結婚届」で検索すると、これまた民間企業のサイトばかりとなる。“お役所言葉”にとらわれずに、もう少し柔軟な対応ができれば、より効果的な告知ができるだろう。

 ネット以外での告知も必要だ。「ネットのことはネットで」という考え方もあるが、検索サイトにせよポータルサイトにせよ、「わざわざ探しに行く」ような自発性のない市民には、情報は届かないからだ。また、電子申請サービスの提供は、役所の窓口や郵便局に設置される端末などで行われることもあるので、インターネットを利用しない住民にも、電子申請の存在を知ってもらう必要がある。

 自治体レベルのサービスであれば、地方のテレビ、ラジオ局、地方紙、地域CATVなどを利用したい。さらに、より地域密着型の方法として、地域住民を集めた説明会の開催、市町村発行のニュースレターへの掲載、窓口でのパンフレットによる案内、市民パソコン講座での紹介などの告知方法も考えられる。これらの媒体を使うことで、ITに興味の薄い層に対しても「電子申請は便利なサービス」というイメージをアピールできるはずだ。

 逆に、これまでの説明とはまったく異なるアプローチだが、一つの考え方として「利用者のターゲットをITスキルの高い人に絞る」という方法もある。パソコンに触れたこともない人に、現在の電子申請を使ってもらうのは無理がある。一つのサービスを利用するまでには、使う方も教える方も疲れてしまうだろう。それなら、オンラインショッピングや銀行取引などの経験も豊富な、パソコンやインターネットの中・上級者を想定して、電子申請の普及を図る方が効率的というわけだ。

 例えば、役所の手続を業務として代理・代行する専門家や国家資格者向けの電子申請などから、まずは始めるのである。あるいは、電子入札を導入すれば、入札業者は否応なく電子化に対応するだろう。こうしたところでの成功を生かして、ターゲットを少しずつ拡大していくという考え方もある。

 大切なのは、目的意識を持って広報していくことである。どの方法をどのような形で利用するかは、目的やターゲットによって変わってくるからである。
 さらに将来的には、民間サービスとの積極的な連携も視野に入れたいところだ。今後、電子申請における民間サービスとの連携は、様々な分野で立ち上がることが予想される。既に海外では、Yahoo! Financeの納税申告サービス「Yahoo! Tax Center」、旅行ポータルサイト「Expedia」にある各国のビザやパスポート取得手続のサービス「Expedia - Express Visa Service」、英国の個人向け住所変更手続き代行サービス「ihavemoved.com」など、いくつもの民間サービスとの連携が実用化されている。

 日本でも、ようやく官民連携ポータルの実験がスタートする。法的な問題のクリアをはじめとする環境整備については、国、自治体がそれぞれの役割を果たして積極的に進めていくべきである。行政の側から民間に働きかけていくような動きが必要だろう。その次の段階として、Webサービスなどの新しい技術を使って、普段よく利用するサイト(例えばYahoo!のようなポータルサイトや、起業、子育て支援といった専門ポータルやコミュニティサイトなど)において、単にリンクを張っての紹介だけでなく、その場で役所の手続を完了させることも考えられる。今後の展開に期待したい。


2.信頼する
──リアルで信頼がなければ、バーチャルにも信頼なし


 ポイントとなるのは、政府や自治体への信頼がなければ、電子申請も信頼されないということである。「リアルで信頼がなければ、バーチャルにも信頼なし」ということである。例えば、「公務員なんて信用できない」と思う市民が多い状況であれば、いくら電子申請システムのセキュリティを強化して、個人情報保護の施策を展開しても、「信頼」を得ることは難しいだろう。

 ここでは、よく言われる「高度なセキュリティの確保」や「個人情報・プライバシーの保護」といった課題ではなく、役所が市民との間に信頼・協力関係を構築するために必要な考え方や方法を整理しておこう。
  • 信頼は「行動」を示すことで獲得すると理解し、有言実行を心がける。
  • 情報公開を徹底し、メリットだけでなくデメリットやリスクを丁寧に説明する。
  • 電子申請の安全性や信頼性を、最終的に判断するのは市民である。
  • 改善の余地がある点を認識する努力を怠らない。
  • 市民の利益を最優先とし、特定の 団体や業界を優遇しない。
  • 多くの市民が納得できる経済性や利便性を求める。
  • 自身の評価や規律を厳しく行い、より高い次元で競争する。
  • 失敗した時は、それを認め謝罪する。
  • 失敗から学んだことを行政と市民で共有し、次の取組みに生かす。
  • 市民一人一人に誠実に対応する。
  • オンライン、オフラインを通じて市民と協働できる環境を作る。
 こうした基本的なことが日々積み重ねられることによって、市民の側は初めて電子政府・電子申請を「信頼する」ことが可能となるのである。

牟田氏写真 筆者紹介 牟田学(むた・まなぶ)

行政書士として登録後、電子申請・電子政府に興味を持ち、自らのウェブサイトManaboo's Roomを起点として関連情報を発信。研究会等に参加しながら、電子申請がもたらす様々な可能性を探求している。共著に『インターネット電子申請』がある。