このコラムでは、電子申請では「利用者の視点が重要」と毎回のように強調してきたが、この「利用者」とは、住民だけを意味するのではない。行政職員の使い勝手も考慮しなくてはならない。電子申請は、住民の生活を豊かにすると共に、行政職員の仕事を改善し、その職業倫理を高めるものだからである。

 電子申請を利用者の視点で考えた場合、重要となるのが、(1)行為数(手間)、(2)時間(暇)、(3)コスト(お金)--の三つである。これらを少なくする(低減させる)ことによって、住民サイド/行政職員サイドの双方で、電子申請の効果や満足度は高くなる。いずれも、単に申請行為だけを見るのではなく、利用前の準備や事後のフォローを含めて考える必要がある。

 これら3つの要素--「行為数」「時間」「コスト」は、数字として測定し認知できるので、具体的な目標を立てるときには有効である。分かりやすく明確な目標値があることによって、後の評価もしやすくなるし、住民に対する説得力も増す。例えば米国ペンシルベニア州では、電子申告で280万ドルの節税効果が上がったという(e-democracy:電子自治体ニュース)。このように、電子申請の利用者数や割合と共に、1件当たりの処理費用を紙申請と電子申請して比較してくれると分かりやすい。利用状況に関する情報公開は、電子申請の健全な発展に欠かせないものである。

 それでは「行為数」「時間」「コスト」それぞれのポイントを説明しよう。

■行為数(手間)-申請の流れに沿って手間数をチェック

 行為数(手間)とは、電子申請を使って手続を完了させるために必要となる行為(アクション)の回数である。当然ながら、重複や二度手間はなくさなければいけない。

<住民サイド>
 パソコンの設定、電子証明書の取得、利用者登録、申請、結果確認などがある。標準的なインターネット環境で利用できること、電子証明書を必要としないこと、オンライン登録できること、操作ミスに寛容であることなどは、行為数を少なくしてくれる。

<職員サイド>
 システム開発、システム導入、利用前の研修、審査、決裁、結果通知などがある。共同開発、既存システムの活用、優れた操作性、要件・添付書類の簡素化などは、行為数を少なくしてくれる。

■時間(暇)-ヘルプデスクやQ&Aの充実が時間を短縮させる

 時間とは、電子申請を使って手続を完了させるためにかかる時間である。わざわざ役所に行く時間を節約できることは、電子申請の大きなメリットと言える。上述の行為数と関係が深いが、行為数が少なくても、一つの行為を理解し実行するのに時間がかかっては意味がない。

<住民サイド>
 サービスを見つけるための時間、内容や利用方法を理解するための時間、申請データを作成し送付するための時間、状況を確認するための時間、結果が分かるまでの時間などがある。検索エンジンへの対応、分かりやすい説明、優れたナビゲーション機能、24時間365日対応、迅速な処理と結果通知などは、住民の時間を節約してくれる。

 電子申請の手続きは、ユーザーが30分以内で完了するような仕組みを構築したい。統計的にきちんとした根拠があるわけではないが、最初の目安として、まずは30分以内なら、許容範囲と言えるのではないだろうか(多くのインターネット利用者は、オンラインショッピングなどをしていたら、30分程度の時間はたちまち過ぎてしまったという経験をしているはずだ)。

 手続き時間だけでなく、ユーザーが電子申請手続きをするための事前準備(書面による事前登録など)も要検討事項だ。事前準備の手続きに何週間もかかるような仕組みは論外である。

<職員サイド>
 システム開発や導入に必要な時間、効果やメリットを理解するための時間、使用方法を覚えるための時間、問い合わせなどに応じるための時間、審査や決裁の処理にかかる時間、結果通知後のフォローに要する時間などがある。システム開発前の業務の簡素化、トップによる電子申請の理解と啓発、簡易な操作性、ヘルプデスクやQ&Aの充実、CRM(顧客関係性管理)の確立などは、職員が費やすことになる時間を少なくしてくれる。

■コスト(お金)-難しいコスト削減とサービス向上の兼ね合い

 コストとは、電子申請を使うためにかかるお金のことである。もちろん、安く済むに越したことはないが、手間と時間が少なくなるならば、多少のお金を支払うことは悪いことではない。健全な経済感覚を持って、費用対効果を考えるということが大切なのである。コスト削減を第一に追及すると、肝心のサービスがおろそかになったりするなど、本来の目的を見失いやすくなるので注意が必要である。

<住民サイド>
 インターネットなどの環境を整え維持するためのコスト、申請の際に支払う手数料や税金などがある。安価な常時接続ブロードバンド通信、市町村による電子証明書サービス、電子申請利用時や一括大量申請時の手数料割引などが、コストを減らす方法として考えられる。

<職員サイド>
 システム開発・導入・維持・拡張の費用、広報活動の費用、ヘルプデスクの運営費用などがある。調達制度の見直し、共同開発・アウトソーシング・ASPなどの活用が、コストを減らす方法として考えられる。

■早い段階からの住民参加で、利用者の意見を取り入れよ

 「行為数」「時間」「コスト」のそれぞれについて、電子申請に利用者(住民、行政職員)の視点を取り入れるためには、利用者自身に意見を聞くのが一番手っ取り早い。ところが「利用者の意見を聞く」というのは、実は非常に難しいのだ。

 例えば、「我が町でも電子申請の推進計画案を策定しました。皆さんの意見をお寄せください」と募集をかけたとしよう。そこには、電子申請で実現されるバラ色の行政サービスのイメージがあり、電子申請の仕組み、セキュリティ対策や個人情報保護等の信頼性確保、今後のスケジュールなどが書かれているであろう。

 これでは、住民が運良く読んでくれたとしても、「まあ行政サービスが良くなるんであれば、進めて良いんじゃないの」ぐらいの意見しか期待できない。現場の職員にしても、「仕事がしやすくなって、住民へのサービスが改善されるなら、進めて良いと思うけど」という感じであろう。

 本音を言えば、「いきなり難しいこと言われてもよく分からないよ」「あまり期待していないし、どうせ意見を言っても無駄なんでしょう?」「勝手に進めるのはいいけど、仕事を増やさないで欲しいなあ」といったところではないだろうか。そこには、当事者意識もなければ、信頼関係もないということである。

 では、どうすればよいかと言えば、事前調査や立案・企画など、きるだけ早い時期から、利用者である住民や行政職員に参加してもらうことである。つまり、NPO(非営利組織)、ボランティアなどの住民や企業団体、地域の人々が参加するサークル、オンラインコミュニティ、実際に行政サービスの提供や窓口業務を行う職員(住民に一番近い)などが参加して、一緒に電子申請について考えるのである。そうすれば、利用者としての貴重な意見を聞けるばかりでなく、参加者自身が多くのことを学べるし、当事者意識や信頼関係も育てることができる。新しいアイデアも生まれ、電子申請の可能性は大きく広がるはずである。有識者による検討委員会も良いが、電子申請においては、利用者の参加が重要なカギを握ることを認識しなければいけない。

 次回は、住民が電子申請を利用するまでのプロセスから、電子申請が普及するためには何が必要かを考えてみたい。

牟田氏写真 筆者紹介 牟田学(むた・まなぶ)

行政書士として登録後、電子申請・電子政府に興味を持ち、自らのウェブサイトManaboo's Roomを起点として関連情報を発信。研究会等に参加しながら、電子申請がもたらす様々な可能性を探求している。共著に『インターネット電子申請』がある。