●今回はマーケティング機能の後半部分を取り上げる。前回までに、マーケティング機能では「ワンストップサービス化」「ブランド化、ショートリスト化」が重要だという考えを示した。そのためには、かけ声だけでなく、具体的な組織を興し、顧客側に立脚して手続きを簡素化するための努力が求められる。また、模倣されるリスクを負う代わりに、鍛えられる中での付加価値の向上についても言及した。

●さて後半部分では、カネと技術について話を進めよう。一見、投資金額が大きくなれば、技術力もついてくるように思えるが、ブロードバンド時代、バーチャルだからこその一発逆転が期待できる。
■マーケティング機能と「カネ」の関係

 電子自治体にとっての「カネ」とは、「コスト」以外の何物でもない。これが従来の考え方であった。例えば、コミュニティの皆さんから徴収した税金を効果的に使う。ムダを排除するにはどうするか。大き過ぎず、小さ過ぎず。こうした手法が“金太郎飴”的な、良くも悪くも差別化できない自治体を作り上げてきた。

 が、よく考えると、効率性(パフォーマンス)はコストとリターンにより決まるものであり、コスト当たりの期待リターンが大きい程、効率的なはずだ。コストを小さくしてもよいし、リターンを大きくしてもよい。大事なのは適切なコストを負担するなかで、相応のリターンを得ることである。目先の利益に惑わされ、大きなリスクを背負い込むことは回避すべきだ。

図

「カネ」に関するマーケティング機能の検討課題
Q3
マーケティング機能の強化に際して、「カネ」については何に留意しなければならないのか?



A3
電子自治体構築後の継続性(メインテナンス)を考え、実績(パフォーマンス)を評価すること

・1円入札

 電子自治体のシステム構築のような“公共投資”の場面では、システム開発・構築会社(ベンダー)がそれを受注するやり方として、「1円入札」という手法が用いられるケースがある。1円というのは、タダでは困るので、究極の値段(最小単位)が1円なのである。

 単純に投資ということだけを考えれば、自治体として「1円入札」を利用しない手はない。が、しかし、問題は構築した後である。もし、特殊なシステムを導入してしまったら、継続性という観点において“がんじがらめ”にされてしまい、以降、さらなる「カネ」をつぎ込むことになる。

 ベンダー側が「1円入札」を試みる背景として、次の3つが想定できる。

(1)過去技術の応用
 既に類似するシステムを構築しているので、ベースの部分ではコストがかからない。使い回しをしているのだから、負担はない。こういうロジックである。もしかすると、電子自治体で利益を出さず、落札したことによって自社のブランドを外部に対して十分に売り込み、入札がより厳しい他部門での取引も順調に増やしたいという思惑があるのかもしれない。

(2)技術の習得
 自らの技術が陳腐化するのを避けるために、流行の「電子自治体」システムの構築に自らが手を挙げる。1円は安すぎるとしても、半額や60%引きは当たり前。そこでOJTによって、すなわち実際の電子自治体システムの開発・構築を進めながら自らの“解決力”を上げることが、その他の自治体での受注につながる。最初は損をしても、次の受注で平準化すればよい、という考え方である。

(3)シェア確保、ブランディング
 シェアを確保したいという発想もあろう。「電子自治体のシステム構築なら、○○にお願いしよう」というブランドを確立することが、次の“攻めの経営”につながる。あるいは、電子自治体そのものでは稼がないが、システム構築を終えた後の、拡がりがビジネス的に大きいと考えている。

 さて、そうした背景がある「1円入札」の仕組みをどう利用するか。これが自治体側の課題だ。

 電子自治体の入札はオープン、かつ公平なので、仮に今回「1円入札」があって、そのベンダーに決まったとしても、次のシステム開発・構築に影響はない。こう考える自治体は少なからずあるだろうが、そう都合良くはいかないだろう。

 例えば、サッカーのワールドカップをケースに考えてみたい。国際審判になるには、一定の基準を満たす必要がある。各地域での国際試合を経験するには、十分な時間を要するため、それなりの年齢にならないと難しい。一方、ワールドカップでは、選手同様にフィールドを走り回る体力を要求され、かなりのスピードで全試合を走り抜くことが要求されている。端的に言うなら、若くなければ勤まらない。この2つはトレードオフの関係にあり、その範疇(はんちゅう)で、誤審のないような判断が必要とされる。決勝トーナメントはさらに難しく、予選で笛を吹いた審判の中から“上位”の者が採用される仕組みである。実は、1円入札でのトレードオフでも、これと似たようなアレンジが必要なのだ。

 つまり、最初の入札の時に、十分な汎用性を考慮しなければならない。いくら安くても、ベンダー独自のシステムで電子自治体のシステム構築を任せてしまうと、そのシステムに依存せざるを得なくなるのだ。

 「1円入札」があるということは、ベンダー側に何らかの思惑があるということだ。モノには妥当なコストが存在し、1円が可能ということは、1億円も可能だということだ。そうしたことを見極めないと、自治体自らが“貧乏クジ”を引きかねない。結局、「安物買いの銭失い」「タダ(正確には1円)より高いものはない」ことも十分あり得る。

 さらに、ナレッジの部分をどう考えるかも、大きな問題だろう。すべてのモノには代価が発生するという思想であるならば、ナレッジないし知的所有権に対するリスペクト(代償)をどうすべきか。これを十分に議論することが大切である。

 あるいは、地元企業を育成する場合などを想定すると、「1円入札」の具体的な弊害が見えてくるはずだ。

・パフォーマンス評価

 こうした“壁”を乗り越えたとしても、構築したシステムのパフォーマンスを評価しなければならない。ここではマーケティングの部分に言及しているので、投入したコストよりも、実績の部分に注目すべきである。

 自治体からよくある相談内容として、「企業誘致に際し、どこまで優遇策(具体的には補助金などによる補填)をすべきか」という質問を受けることが多い。しかしこれは、自治体側が“勝手に”考えているだけのことなのだ。企業側にときるのか、なのだ。どれだけ安く起業・創業できるかが最重要なのではない。

 また、該当自治体への“移住”を考えている人にとっては、自らが活躍できるしかるべきポストが用意されているかが重要となる。つまり、電子自治体の構築によって、企業や人をどれだけ引きつけられるかに焦点を当てるべきなのである。


林氏写真 筆者紹介 林志行(りん・しこう)

日本総合研究所研究事業本部・主任研究員。日興證券投資工学研究所を経て1990年より現職。企業のウェブ事情、インターネットを利用したマーケティング戦略に詳しい経営戦略コンサルタント。近著に『中国・アジアビジネス WTO後の企業戦略』(毎日新聞社)、『インターネット企業戦略』(東洋経済新報社)など。個人ホームページ「Lin's Bar」に過去の連載などを掲載。