松村俊英氏
 

松村俊英 (まつむら・としひで)

アドバンストビジネスマネジメント専務

早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。銀行、経済研究所勤務を経て、97年ウッドランド入社。99年から社内で「ABC(活動基準原価計算)プロジェクト」にたずさわり、01年アドバンストビジネスマネジメント設立と同時に、同社取締役。管理会計・公会計のシステム開発と導入コンサルテーションが専門。


 近時、「新しい公会計」に関する議論がにわかに活況を呈してきている。今年3月には、総務省・財務省共同WGから改訂「独立行政法人会計基準」の公表があり、また同月、公認会計士協会ホームページに討議資料として、「公会計概念フレームワーク」が公表された。

 他方、地方公共団体においても、新しい会計の発想によるシステム導入も始っており、本年5月には、東京都から「東京都の会計制度改革の基本的考え方と今後の方向」が提示され、都は新しい財務会計システムを、「発生主義・複式簿記」を前提に開発することを表明した。また、岐阜県においては、昨年来、「発生主義・複式簿記」を前提とした、財務会計システムの導入が進行中である。

■現金主義・単式簿記会計の「4つの欠如」

 一般に「公会計」においては、一部設立当初から企業会計原則が採用されていた地方公営企業等を除いて、現金主義・単式簿記で会計処理を行っている。事前に民主主義的に資源配分の合意を得た結果である予算を、執行管理し、その結果を決算書として整理する。その観点からは、現金主義・単式簿記で不都合はない。実際に、議会による予算統制が確立するまでは、中央官庁でも発生主義・複式簿記による会計処理を行っていた。大日本帝国憲法制定(明治22年)による立憲主義的予算統制の確立以降、発生主義・複式簿記は、姿を消すことになる。

 なぜ最近になって、発生主義・複式簿記を前提とした公会計の議論がなされ始めたのか。財政危機を背景とした行財政の効率化や世代間の公平の確保が、政治的に強く要請されるようになってきたからである。

 公共事業のばらまきにより、現役世代は「受益」を受けているが、「負担」は公債の発行により将来世代に先送りされている。「道路、ダム、サッカー場などは、将来世代も使うのだから借金で建設するのは当然」という考え方は、もはや通用しなくなってきた。「本当に将来世代がそんな道路やダムを欲しがるか?」という問いに、政府・自治体は応えなくてはならない時代になってきているのである。

 では、現金主義・単式簿記会計のどこに不都合があるのだろうか。東京都による報告書「東京都の会計制度改革の基本的考え方と今後の方向」には、現行官庁会計における「4つの欠如」についての指摘がある。これを筆者なりに要約・解説してみよう。

(1)ストック情報の欠如

 現金がどのように使われたかを記帳する単式簿記を採用しているため、日々の経済取引において、現金以外の資産や負債の情報が蓄積されない。また、土地や建物、債権、基金といった資産が、各々ばらばらに管理されており、たとえ台帳があっても、取得価額等が記入されていないこともある。統一の基準によって資産の残高を一覧できるようになっていないのである。負債については、借入金等の管理はなされているものの、退職給与引当金等の債務については、意識されていない。フローの情報だけを認識する会計処理事務と、ストックの情報を認識する財産管理事務が分断されているため、記帳のミスや不正等があっても、発見するのが困難である。

(2)コスト情報の欠如

 「現金主義」においては、現金の支出があったときに取引を記録していく。そのため、当期に支出された建物の建設費であれ、当年一度きりの人件費支出のようなものであれ、当年度の支出として処理されてしまう。しかし、建設物などは将来にわたって長期間行政サービスの提供に資するものであり、支出の発生した当該年度において、一括に処理してしまうと、真の行政コストが見えなくなる。企業会計においては、毎期の適切な費用として処理するために、一度、資産として認識した後、耐用年数に応じて、毎年の資産の減耗分を、費用として振替えていく。

(3)アカウンタビリティーの欠如

 上記2つの「欠如」があるために、納税者に対して十分な「会計の報告責任」(=Accountability)が果されていない。特に、インフラ資産の形成において現役世代の税金や、将来世代の税金でもある公債等が使われる中で、現金以外の資産情報がきちんと報告されていないことが問題だ。また、実施コストが正確に認識されていないため、事業評価(効率性の測定や改廃等)に必要な情報も提供されないことになる。

(4)マネジメントの欠如

 やはり、(1)(2)に起因するが、ストック情報の欠如からは、中長期の観点から行財政運営に必要な会計情報が提供されず、意思決定上、先に触れた世代間の公平を失した資源配分をもたらす可能性がある。また、コスト情報の欠如からは、正確な費用対効果分析ができず、民間委託や民営化、PFI導入等への、客観的な情報を提供できないでいる。

■企業会計原則をそのまま導入するだけでは不十分

 新しい公会計において発生主義・複式簿記の導入は、今や現実味のある話になってきている。しかし他方で、企業会計的な発生主義・複式簿記や財務諸表をそのまま無批判に踏襲して不都合は無いのかが、改めて問われようとしている。以下では、従来の公会計では十分に意識されていなかった2点に絞って述べる。

1.損益勘定だけではすべての行政活動を会計処理できない

 企業会計原則における勘定科目と仕訳は、費用と収益を前提とした「損益」勘定の世界で成立っており、原則的に、「儲け」を考えない公共部門への適用については、注意を要する。例えば、地方公共団体における水道の供給、住民票の交付、あるいは託児サービスの提供のように住民等に対して直接何らかの財・サービスを提供するという活動の場合は、こういった損益勘定で活動内容を処理していくことが可能である。

 しかし、公共部門で行われる活動の多くは、損益取引よりもむしろ、インフラ資産形成のような社会資本形成取引や扶助費・補助費等といった非対価性取引である。

 一般道路や橋梁は、売上を上げるために建設しているのではない。そのようなインフラ資産を、単純に、減価償却費として後に、行政サービスコスト計算書上に、費用配分して行く、というのでは考え方に無理があろう。こうした考え方から、自治体の活動を正しく把握するためには「損益外の純資産の変動」についての会計的記述を設けるべきだ、という議論が起こってきている。現金でインフラ資産を形成した場合、企業会計ではストックの変動として、その結果が、貸借対照表にしか現れない。しかし、そうした<資本取引>をも「フロー取引」として認識することで、納税者の持分の増減を、グロスで把握することが出来るようになる、という考え方である(参考図:公会計における会計処理の拡張)。

公会計における会計処理の拡張

2.税金の位置付けは、「収益」でよいか

 いわゆる、NPM(New Public Management:公的部門の経営管理に民間の経営理念及び経営管理手法を導入すること)、あるいは「顧客主義」の考え方は、税金を「収益」と見る。他方、税の位置付けを「持分(納税者からの拠出資本)」とする立場がある。税は、住民(≒納税者・有権者;将来世代も含む)から国や地方公共団体に対して託された、財産的な存立基盤とも言えるものである。また、国や地方公共団体は、課税徴収権を保有しており、住民は、国や地方公共団体の負債につき無限連帯責任を負っている。このような関係性を考えた場合、税を、第三者との外部取引によって生ずる「収益」と見なし、行政サービスコスト計算書上に計上するのは適当でないと思われる。

 持分説においては、税金を、そのような損益の変動には関係ないものとして考える。手数料のような収入として、行政サービスコスト計算書上で扱われるのではなく、貸借対照表上において、資本に直入される持分の増加、として捉えるのである。税を持分と見ることで、政府・自治体部門の財務諸表を「人ごと」と見るのでは無く、「自分のこと」として見ることになるだろう。こうして行政機関の財務状況に関心を持つ市民が増えれば、監視の目の数もそれだけ増えることになり、より透明性の高い、健全なな政府・自治体運営が行われるようになるのではないだろうか。

 これから、「役に立つ」公会計を模索して、活発な動きが展開されていくであろう。納税者は、委託した信託財産を、時々の政府がどのように増やし、また、減らしたか。その会計的記述と説明を求めている。「新しい公会計」が役に立つ為には、為政者のビジョンの元に、国家経営や地方公共団体経営における見取図を示し、また、結果責任を数字として明確化するための「ナビゲーションシステム」たることが必要となろう。