厚生労働省は2001年12月に「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」、通称「グランドデザイン」を取りまとめた。これによると、平成18年度までに全国の400床以上の病院のうち6割以上に電子カルテを、同じく平成18年度までにレセプト(診療報酬明細書)電算処理システムを、全国の病院レセプトの7割以上に普及させるとしている。
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電子カルテと併用するICカード(医療情報システム開発センター) |
健康保険証の個人カード化も進みつつある。2001年4月に省令が改正され、被保険者証の個人カード化が可能になった。既に、熊本県八代市では健康保険証がICカード化され、一人一枚配布されている。愛媛県西条市でも、保健医療福祉情報システムが稼働中だ。このシステムに対応したICカードには、健康保険証だけでなく、市内の郵便局や金融機関のキャッシュ機能がついている。
そのほか、経済産業省による「IT装備都市実証事業」でもいくつかの都市で医療ICカードの実験が行われた(下表参照)。国民健康保険(国保)は、市町村が保険者である。そのため、住基カードなど公共ICカードと仕様を統一し、相乗りすることでコストを削減することが想定されている(経済産業省 渡邊昇治「保健医療福祉分野におけるICカードの利用」)。
■IT装備都市実証事業における保険・医療関連のICカード実験例 | ||||||||||
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■コスト削減につながるとされるが、疑問の声も
だが一方、地方都市では慢性的医師不足が続いている。地域医療を支える自治体病院や診療所の負担・重要性は増すばかりだ(参考例:青森県の医療の状況)。この流れの中でIT化を進めるためには、まず経営の健全化に貢献するシステムから導入されていくことになるだろう。例えば健康保険証の認証システム。診療費請求現場では、保険証認証の資格誤記や不正利用などの問題がかなりの頻度で起きている。全審査対象の全レセプト約6億枚のうち600万枚に問題が発生しているという。千葉大学医学部付属病院医療情報部長の里村洋一氏は、こうした誤記・不正使用をIT化でなくすことができれば、審査にかかるネットワーク等のコストを含めても、1000億円程度のコストメリットが出るとしている(千葉大学医学部付属病院医療情報部長 里村洋一「メリットの出るところからIT化を」<講演要旨>)。
介護保険においても事情は同様で、資格確認、被保険者情報入力の省力化、市外転出時における転出先での被保険者証の作成が容易であるといった点が直接的効果として挙げられる。資格審査管理などについては、三菱電機、NEC(日本電気)、社会経済生産性本部などによって構成される健保・国保共通アプリケーション開発コンソーシアムが開発中だ。
もっとも、煩雑な事務コストの削減に務めてみても、事務コストが総医療費の20%余りにもなる米国と違い、病院の事務職員の人件費は総支出の数%以下でしかない日本ではあまり効果がないという分析もある(国立大阪病院 井上通敏「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン策定」)。
そもそも、業界を問わずIT化で一番効く部分は、結局、人件費削減である。逆に言えば、人件費を減らせなければIT化を進めてもランニングコストそのほかでコストは増すばかりだ。経費削減という観点だけから考えると、それがIT化へのインセンティブと成り得るかどうかは、疑問と言わざるを得ない。電子カルテに保険点数がつかない現状では尚更である。
ICカードも事情は同様で、病院や医師にとっては負担が大きいようだ。2001年12月に神戸新聞社が国内21のICカード導入地域を調べたところ、10地域がカード発行を中止したか、あるいは制度自体を廃止していることが分かった(「医療情報とICカード」)。始めるのは簡単だが、継続は難しい。この調査レポートでは、普及が進まなかった原因について、入力作業が煩雑で医師の協力が得られなかったり、地域外で使用できないことなどを挙げている。つまり、医師側にインセンティブがない以上、自治体主導でカード運用を始めても、それだけではうまく行かないことを如実に示しているのである。
筆者紹介 森山和道(もりやま・かずみち) サイエンスライター。NHKを経て1997年からフリーランス。『日経サイエンス』、『月刊アスキー』等で科学書の書評を担当するほか、『中央公論』などで取材記事を執筆。インターネット上では科学者へのインタビューをメールマガジン『NetScience Interview Mail』で配信している。 個人ホームページ:http://moriyama.com/ |