文・森山 和道

 前回はJR東日本の「Suica」を中心に交通系ICカードの概要を、さらに香港の「オクトパスカード」を例に交通系カードの観光資源化について解説した。今回はさらにその先の可能性、つまり、クレジット機能とSuicaなど交通系バリュー(電子マネー)との融合について考えたい。ポストペイ(後払い)ができるようになることで、さらに交通系カードの可能性は広まるはずだ。

 その話に移る前に、まずは今回も、Suicaを例に話を進めていこう。最近Suicaを購入した人のカードの裏には、「このカードはSuicaマークのある店舗等でもご利用いただけます」と書かれているはずである。JR東日本が今後、駅内キャッシュレスに乗り出す意欲を大いに持っていることの現れだ(そのためには券面表示が必要なのである)。つまり、Suicaも、今後は単なる交通カードではなく、オクトパスカードのようにキヨスクや自販機での使用を想定した駅内キャッシュレスなどの機能を持つようになり、多用途化していくと考えられるのである。

 また、将来的には駅内だけではなく、駅ビルへもサービスが広がっていく可能性は十分にある(ただし日本の場合は、通称「プリカ法」と呼ばれる法律があり、今のところ交通切符を物品販売にそのまま使うことはできない)。それ以前に、JRグループによるバスなどにもSuicaで乗れるという時代が来る可能性が高いだろう。

 こうした機能が現実のものとなれば、交通系&ショッピングの電子マネーが自動的に出来上がることになる。さらに、駅ビルから範囲を広げて、駅前商店街、駅近辺の店舗などでもSuicaが使えるようになったらどうだろう。これまで全く成功してない電子マネーが、いきなり普及してしまうのだ。これはかなり面白い可能性である。

 なにも鉄道系が先に来なくてもいい。普段からショッピングに使っている「駅前ポイントカード」があるのならば、そのカードでバスや鉄道も利用できればいいのだ。技術的には十分可能だろう。

■クレジットカードとの融合で広がる可能性

 今年6月、Suicaとクレジットカード機能を一体化した「Suicaビューカード」が登場する。さらに秋口には、クレジットによるSuicaバリューのオートチャージ機能も備えるという。つまり、Suicaが残額を気にせず、ずっと使えるようになるわけだ。

Suicaビューカード(デザイン案)

Suicaビューカード(デザイン案)
 そうなってくるとSuicaは、さらに高額の決済にも用いられるカードとなっていく。例えばJRグループはホテルを持っている。そのホテルでの決済やポイントサービスが同じカードに相乗りする可能性は、十分考えられる。そもそも、鉄道の駅は単に電車が止まるところではない。観光や宿泊などの情報提供も行っている。ポイント加算される宿と、そうでない宿があれば、どちらを選ぶだろうか。旅館やホテルとの提携といったサービスもICカードに相乗りするかもしれない。

 また、昨年のSuica一周年に合わせ、ソニーはFeliCaのリーダ/ライターである「PaSoRi」の新しいアプリケーションを発表した。Suicaのビューワー「SFCard Viewer」である。これによってユーザーは、自宅のパソコンでSuicaの残額や乗車履歴を閲覧できるようになった。

 この機能が次にどちらへ発展するかは考えるまでもない。オンラインバンキングでのチャージだろう。さらにその次のステップは、Suicaを使ったショッピングが来ると予想される。特にオンラインではクレジットよりも匿名性の高い電子マネーは有望だ。ソニーらが出資しているビットワレットが運営し、同じくFeliCa上で動く電子マネー「Edy」との関係がどうなるのか分からないが、既に500万を突破するユーザーがいて、毎日携帯・使用されるカードは魅力的なのではないだろうか?

■ポストペイ(後払い)カードで公共交通の利用促進

 クレジット機能とSuicaなど交通系バリュー(電子マネー)との融合は、さらに面白い可能性を開く。ポストペイ(後払い)である。

 これまで鉄道料金は基本的に前払い(プリペイド)だった。だがユーザーの履歴を残すことのできるICカードを使えば、事後精算型の料金体系を導入することも可能になる。事前に与信さえしておけば、例えば1カ月ごとに利用額を集計し、クレジット決済あるいは銀行口座からの引き落としといった料金収集サービスが可能だ。現在、国土交通省主導のポストペイ型ICカードプロジェクトが、札幌市営地下鉄で2003年1月から3月末まで実験されている。また、関西地区の「スルッとKANSAI」でも導入予定があるという。

 これによって何が違ってくるのか。まず利用者側のメリットとしては、チャージ残額を全く気にする必要がなくなる。さらに、利用実績や利用時間に応じた割引サービスなどを受けることも可能になる。これまで鉄道料金割り引きは、回数券や定期券を事前に購入しなければ受けられなかった。だがポストペイが全面的に利用されるようになれば、利用実績に応じた割引サービスを「事後」に受けることができる。家族カードなどを設定することで、家族全体の利用実績に応じた割引サービスなども導入可能だろう。

 様々な割引サービス(高齢者、平日のみ、祝祭日など)や、市営の温泉やプールなど特別な送迎バスに対する割り引きなども、ポストペイならば導入のハードルは低い。蓄積した利用データを元に、もっとも適当な割引サービスを適用した場合の料金計算を自動的に行い、適用して、後からまとめて徴収できるからだ。現在の交通機関のあまりにややこしい料金体系やサービスに悩むこともなく、多種多様なサービスをユーザーの利用頻度に応じて公平に提供することが可能になる。

 ポストペイのカードは、多彩なポイントバック・サービスも容易だ。例えば、私鉄が運営する百貨店があったとしよう。今でも買い物をすると駐車券がつくサービスはある。もし鉄道ポストペイカードが実現するなら、割り引き対象に鉄道運賃を指定することも簡単だ。最初から百貨店のポイントカードと鉄道決済カードが一体であれば、話はもっと簡単になる。

 こうしたサービスが実現すれば、事業者側も多様な運賃体系を設定することで、鉄道の利用頻度を上げることができる。そしてもちろん、事業者としてはチャージ機などを設置しなくてもよくなるという大きなメリットがある。

 行政側としても、公共交通機関を利用頻度を上げさせるための手段の一つとなり得るだろう。現在、車を利用することの多い市民に対し、ポストペイによるポイントバックサービスをうまく使うことで、バスや鉄道に誘導することができるかもしれない。

 当然のことながら、ポストペイの可能性は何も鉄道料金だけに限定されるわけではない。例えば地域の温泉などだったら、どうだろうか? 温泉を利用すればするほど、1回あたりの利用料金を低く設定することも可能である。あるいは、公共施設のレンタル料金でもいい。もちろんプールや体育館であってもいい。そして、そのカードで地元のバスなどがそのまま利用できたら? 可能性はいろいろ広がりそうだ。

 ICカードの“キラーアプリ”は「交通、決済、ポイント」の3つだといわれている。ポストペイ機能を備えた交通カードは、この3つを同時に兼ね備えたカードになる。逆に言えば、このくらいの利便性や分かりやすいメリットがなければ、人々はカードなど持ってくれないのではないか。

 行政系ICカードを普及させたいなら、(法規制の問題は脇において考えるなら)独自でカードを発行するよりも、日常使われる民間のカードの上に行政系アプリを搭載していく方が賢明ではなかろうか。

 もちろん、すべての機能が1枚のカードに収れんすることはないだろうし、利用シーン、利用カテゴリーがバラバラのものを、無理に1枚にまとめても利用者の混乱を招くばかりである。どのアプリをどのカードに共存・連携させていくべきかは、各地方の事情によって切り替えていくことになるだろう。

交通系ICカードについては、まだまだ注目すべきポイントはあります。そこで今回は“番外編”として「東アジア共通交通カード構想」と「ETC」についても別途まとめました。ぜひご覧ください。

筆者紹介 森山和道(もりやま・かずみち)

サイエンスライター。NHKを経て1997年からフリーランス。『日経サイエンス』、『月刊アスキー』等で科学書の書評を担当するほか、『中央公論』などで取材記事を執筆。インターネット上では科学者へのインタビューをメールマガジン『NetScience Interview Mail』で配信している。
個人ホームページ:http://moriyama.com/