「CIO」(Chief Information Officer:情報統括役員)という言葉は、情報システムに関わっている人にとっては、かなり耳に馴染んだキーワードであろう。しかし、「情報システムに関する責任者のようなもの」という程度のイメージを持つ方が大半で、CIOが何のために存在するのか、具体的に何をするのか、どんな素養を求められるのか、ということについて明確に答えられる人は少ないのではないかと思う。

 また、「自分がCIOだ」あるいは「自分の所属している組織のCIOが誰だか知っている」と即座に言える人もかなり少ないであろう。実際、一説によると日本の大企業で専任のCIOをアサインしているところは半分にも満たないそうである。また自治体に至っては数%に過ぎないとも言われている。

 筆者は電子自治体を成功に導く最重要ポイントは、巨額の情報化予算でも、優秀な情報システムの設計仕様でもなく、「自治体においてCIOがきちんと機能するかどうか」ということにあると確信している。

 本コラムでは、現在自治体においてCIOあるいはそれに準ずる職位にある方々、近い将来CIOになることを志しているCIO予備軍の方々に対して、
  • 今、なぜ自治体CIOが必要とされているのか
  • 自治体CIOは、電子自治体構築においてどのような点に留意しなければならないか
  • 自治体CIOがそのミッションをまっとうするためにはどのようなサポートが必要か
 などについて整理・提言していきたいと考えている。

■ここ数年、待望され続けている自治体CIO

 行政機関においても企業同様CIOが必要だ、という主張は実はかなり以前から多くの場面で語られている。最近の関連報告書などを参考に「自治体CIO待望論」を整理しておこう。

 まずは、産業構造審議会情報産業部会の情報化人材対策小委員会を例に挙げよう。この研究会の中間報告(1999年6月)において、「地方自治体内にもCSO(Chief Strategic Officer)を設け、これら行政のCSOの情報交換ネットワークを整備していくことも一案」という下りがある(本報告書では、戦略的情報化投資の視点を重視して、CIOのことを「CSO」と称している)。

 この委員会は、今後民間企業において必要となる情報化人材像を検討することを目的としているものであり、民間企業、特に中堅企業においてCIO的な人材がまだまだ少なくこれをサポートする人材が早期に必要となる、という意見をまとめているが、全く同じ構図が地方自治体にあてはまることをも提言している。

 今年3月に経済産業省が取りまとめた「プロジェクトマネジメント研究会」の報告書においても、政府のITサービス調達を改善していくための新たな運用の提案として、「CIOの設置」が挙げられている(ご縁があって筆者も本研究会の委員の一人として参加した)。

 具体的には、「省内のITサービス調達を効率よくマネジメントするためには、省内の情報化戦略(人員配置の見直しを含む)及び調達マネジメントに関する責任と権限を有するCIOの設置が不可欠である。CIOは設定したビジョンや基本方針に沿い有効なIT調達の予算査定及びマネジメントを一括して行い、その際定量的な費用対効果分析を判断基準として査定すべきである」ということが記述されている。

 さらに最近では、自民党議員の有志が今年6月に掲げた「電子政府実現に向けた緊急提言」がある。この提言では、将来にわたって挑戦する夢を与える政策として電子政府プロジェクトは格好の政策であるにも関わらず、電子政府世界ランキングでの低評価、電子政府関係予算について効率的な企画および執行の責任体制が不明確であるなどという問題認識の上で、CIOの設置の必要性を強く打ち出している。ここでは、政府機関のCIOについて以下の5つの提言をしている。

(1) 各省庁は、情報システムの開発、維持管理及び効果測定に加え、人事、機構定員、業務全般に責任を持つ者をCIOとすること。
(2) 各省庁は、業務の効率化及び情報化について、外部専門家からCIOを補佐するスタッフを任用するなどCIOの機能及び能力を充実させる方策を講じること。
(3) 内閣に、各省庁のCIOで構成されるCIO連絡会議を設置すること。
(4) 現行の電子政府評価・助言会議は、(3)のCIO連絡会議に対する助言機関として再設置すること。
(5) CIO連絡会議及び電子政府評価・助言会議の議事については、すべて公開すること。

 このように、CIOの役割ににかなりの重きを置いていることが感じられるのである。

 これだけ様々な方面から自治体CIOを望む声が高まっているということは、裏を返せば、多くの自治体におけるCIOの設置がまだまだであることの証左だといえよう。
【編集部追記】 政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)は、9月18日に開催された第14回会合で「各府省情報化統括責任者(CIO)連絡会議」の設置を決定した。

■自治体CIOが重要なのか ~その3つの理由~

 さて、それではなぜ、電子自治体推進においてCIOが待望されているのであろうか。今回は以下の3つの観点からその理由を整理してみたい。

1. 情報システム導入目的の変化

 第一に言えるのは、情報システムの導入目的が昨今大きく変わったことである。従来の業務の一部省力化・コストカットを目的とした導入から、サービス向上あるいは新サービス実現による組織の競争力向上に導入目的は大きくシフトしている。組織そのもののミッションと情報システムとの「距離」が極めて近くなったとも言い換えられるかもしれない。

 自治体における電子自治体実現にも全く同じことが言える。単純な省力化(当然それ自体も大きな目的の一つではあるが)だけではなく、電子申請を見て分かるとおり、電子自治体における情報システム導入は行政サービスそのものに直結している。こうなると情報システムの導入目的は、自治体自身のビジョンとの親和性が必要となってくる。行政機関としての経営戦略、トップの戦略的意志を理解した上で、情報化を推進しなければならないのである。ここにCIOの存在が不可欠である理由がある。

2. 個別業務でなく自治体全体としてのIT化推進

 もう一つ、個別業務のシステム化とは異なり、電子自治体推進においては多くの場面で組織横断的な対応が必要である。ネットワーク基盤整備しかり、電子申請(個別でなく汎用電子申請窓口を整備するのが最近の流れ)、電子文書管理(これも部署ごとでなく組織全体として整理すべきテーマである)など、電子自治体アプリケーションの多くは組織横断的に検討すべき観点を持つ。当然ながら情報化に関する投資対効果においても全組織的な視点が必須となる。

 また、電子自治体推進はインターネットの活用を大前提にしていることもあり、セキュリティ対策はかなり重要なテーマとなる。これも部署ごとでなく組織全体として対処しなければ効果が発揮できないジャンルである(個別の対策ではセキュリティポリシーが担保できなくなる)。

 このように、全組織的な対応(裏を返せば個別部署間の調整)を円滑に行うためにもCIOの存在は大きい。

3. 業務内容への強いコミットメント

 情報システムを構築しただけでは業務効率化は実現できない、ということには異論はないだろう。システム化対象業務において内容そのものを見直し、そのプロセスを再構築するなど、人的な業務範囲に踏み込まない限り、目に見える効果はなかなか期待できない。例えば電子申請において“入り口”となる申請文書が電子データになったところで、後続の受付・審査・保管等の業務が電子データを前提としたものになっていないと行政側のコスト削減にはなかなか結びつかないのである。

 したがって、現場に対する業務変革、人的リソースの再配置などの権限を持たない担当者が電子自治体を推進しようとしても、かなり厳しいというのが現実だ。人事・業務において強い権限を持ったCIOの存在は必須なのである。


 CIOを「Career Is Over」の略だと称するたちの悪いジョークを昔聞いたことがあるが、悪い冗談にもほどがあると思う。自治体経営のエース級の人材を早急にCIOに任命し、強力なコミットメントの元で電子自治体実現に向けた推進をお願いしたい。

 次回以降、自治体CIOが検討すべき留意点等について少しづつ整理していきたい。

筆者紹介 三谷慶一郎(みたに・けいいちろう)

三谷氏写真 NTTデータ経営研究所 情報通信コンサルティング部長。電子政府・電子自治体や電子商取引分野、それらの基盤となるセキュリティ分野などに関連したコンサルティング活動に取り組んでいる。日本システム監査人協会理事。