文・石井恭子(日立総合計画研究所 新社会システムグループ 副主任研究員)

 地震や津波、台風上陸などによる災害が発生すると、避難に関する判断材料や生活圏の被害状況と今後の見通しといった身近で正確な情報が、私たちの生死を左右すると言っても過言ではありません。そうした情報を入手しようにも自宅が停電になったり電話が通じなくなった時、防災無線が命綱となることもあります。

 防災無線とは、政府や地方自治体を中心とした行政部門が、災害時に関連情報を収集し伝達することを目的として構築するシステムです。行政部門は、迅速に正確な情報を住民に伝達するために、そして災害の状況を素早く正確に把握するために防災無線を使います。

 防災無線には利用目的や利用者によっていくつかの種類があります(図表)。住民にとって接点があるのは「市町村防災行政無線」で、地方自治体が設置したスピーカーがその代表例です。

■防災無線の種類
名称 概要 備考
中央防災無線 内閣府を中心とした指定行政機関(政府26機関)や指定公共機関( NTT、NHK、電力会社など49機関)、立川広域防災基地内の防災関係機関(東京災害医療センターなど 9機関)を結ぶネットワーク -
消防防災無線 消防庁と全都道府県の間を結ぶ通信網。電話およびファクシミリによる相互通信と、消防庁からの一斉通報に利用 消防庁と道府県との間は1回線、東京都との間は2回線
都道府県防災行政無線 都道府県と市町村、防災関係機関などとの間を結ぶ通信網で、防災情報の収集・伝達を行うネットワーク。衛星系を含めるとすべての都道府県が導入済み -
市町村防災行政無線 市町村が防災情報を収集し(移動系)、住民に対して防災情報を周知する(同報系)ために整備しているネットワーク。(注1)(注2) 全市町村(2,950)中、同報系については68%、移動系については83%の市町村が整備済み
(2004年12月末現在)
地域防災無線 交通および通信手段の途絶した孤立地域からの情報や病院、学校、電力会社、ガス会社などの生活関連機関と市町村役場などとの間の通信を確保することを目的とした移動系のネットワーク 全国で8%(246市町村)の市町村が整備済み
(2004年12月末現在)

(注1):同報系とは、固定した設備からの通信(例:地方自治体が設置するスピーカー)で一方向の情報伝達が可能
(注2): 移動系とは、一方が乗用車などの移動体の場合の通信で双方向の情報のやりとりが可能
資料:総務省ホームページなどより日立総研作成

 行政部門が現状を正確に把握し的確な対策を実施するためには、例えば防災無線を用いて災害現場の画像や映像を行政部門内で送受信するといった、より高度な情報のやりとりが重要となります。実現の鍵となるのが防災無線のデジタル化です。しかし、2004年末現在、地方自治体の中で市町村防災行政無線をデジタル化した団体は2%にも満たないのが現状です。整備が進まないのは、地方自治体の多くが資金的に余裕がない上に、機器の価格が高いためです。

 また、2004年下半期には、例えば7月の新潟・福島豪雨や福井豪雨、10月の新潟県中越地震などが相次いで発生したために、防災無線の根本的な二つの問題が表面化しました。第1の問題は、防災無線が必ずしも十分に整備できていないことです。例えば、新潟・福島豪雨の際に、スピーカーによる市町村防災行政無線が未整備の地方自治体で住民に対する避難勧告の周知が遅れました。避難勧告が住民に届いていれば被害が少なかったかもしれません。消防防災無線についても、消防庁と道府県を結ぶ回線は1回線しかないため、電話とファクシミリを同時に使うことができません。

 大災害の際には行政部門が情報を収集し同時並行で伝達も行うことが不可欠であることを考えると、このように行政部門からの通信手段が必ずしも整っていない現状の改善が必要だと言えます。政府は、2005年度は中央防災無線の整備と市町村防災行政無線の整備に対する補助金の予算を確保しています。しかし、地方自治体の多くは財政難に陥っており、補助金があるとはいえ住民にとって身近な市町村防災行政無線の整備は困難な状況に直面しています。

 第2の問題は、防災無線を整備していたにもかかわらず活用できなかった地方自治体があったことです。新潟県中越地震の際には、非常用電源の不備が原因で都道府県防災行政無線が一時不通となりました。今後行政部門は、非常用電源設備を整備するとともに保守点検を実施し、訓練などを通じて職員に対して操作方法を周知徹底する必要があると言えます。

 なお、こうした防災無線は、住民が適切に避難をして安全を確保して初めて意味を持つことは言うまでもありません。そのためには、定期的な避難訓練の実施や防災マップの作成といった基本的な防災の取り組みも併せて必要となるでしょう。