文・安延 申

 ITバブルがはじけ、書店の平積み棚に山のように溢れていた“IT革命礼賛”はどこかに消え、代わって「IT革命は幻想だ」といった論調すら見受けられるようになってきた。にもかかわらず、相変わらず行政の情報化、あるいは電子政府・電子自治体を巡る話題だけはヒートアップしている。理由は簡単で、要するに巨額のカネが動くからである。政府のIT関係の資料を漁っていたら、次のようなグラフを発見した。


IT戦略本部のホームページより

 なるほど、これは大きな数字だ。しかもこの数値は国家予算だけの数値である。このうち電子政府関係(行政情報化)の予算だけで1兆円を超え、地方自治体の予算を加えれば、2002年度の電子政府関係予算は約2兆円に及ぶと言われている(エコノミスト、ガートナー調査など)。

 我が国のIT市場がハード、ソフトあわせて18兆円と言われているから、その1割以上が官公需市場で占められていると言うことである。日本の土木・建設市場は世界的に見ても官公需依存度が高いと言われているが、ついにIT市場も公共事業なみになってきたということだろうか。

■様々な技術を生んだ米国政府調達の“目的指向”

 しかし、これだけの巨費が費やされている割に、我々の日々の生活が電子政府で便利になったといった話はあまり聞かない。むしろ逆に、IT関係の調達で談合が行われたとか、安値入札が頻発しているとか、悪い方のニュースばかりが飛び込んでくる。まるでゼネコンが公共工事に群がったように、今度はITベンダーが電子政府予算に群がっているかのようである。

 本来、電子政府の発想自体は悪いものではない。元々、コンピュータや半導体、インターネットやデータベースなどは、米国政府の調達の中から生まれてきた技術だ。今ではビジネスで一般的に浸透しつつあるCALSも、元々は米国防総省が兵器の生産性や品質の向上を狙って、生産や利用の現場を調べると同時に、世界の工業生産の実状を調査して提言を行った中から生まれてきた概念であるし、カーナビゲーションなどで普及したGPSといった技術も、元をただせば軍事技術の転用である。つまり、IT技術自体が米国政府、特に軍事当局が、より効率的に、より確実に任務を遂行しようという要請から生まれてきた、非常に目的指向型の技術であったとも言える。

 このように考えれば、日本において政府が明確な目的意識を持って、その目的を達成するための合理的手段としてITを位置づけていけば、自ずと効率的、かつ有用な電子政府が実現されていくはずである。

 ところが、我が国の場合、「電子政府を実現するんだ」と言う“手段”が先にあって、「何のために、誰のために」という肝心の“目的”の方が後回しにされている感がある。それでも「農道空港を作るよりもましだ」という意見もあろうが、逼迫した財政事情の中で限られた財源を1兆円以上投資しているわけであるから、「何のために、これだけのお金を使うのか」ということが、もう少し吟味されるべきではないだろうか?

■民間企業を参考に目的とコストを明確にすべき

 電子政府構築の目的は何か、ということを考えるに当たっては、民間企業がなぜITを導入するのかということと対照させて考えれば分かりやすい。

 ビジネスの場面においてITが活用されるのは、要するに「ITを利用して業務プロセスを改善し、効率化やコスト低減を進め、競争力を強化する」ためか、あるいは「ITを用いて新たな財やサービスを生み出し、ビジネスを拡大する」ため、のいずれかである。前者は電子政府に引き直せば、「ITを導入することによって、行政の効率化・行政改革を進め、将来の財政負担を軽減する」ことであり、後者は「IT技術を用いて、新しく、かつ高水準の行政サービスを提供し、住民の厚生水準を向上させる」ことだ(下図を参照)。


 ところが、日本の電子政府や行政情報化の計画を見ると、この「何のため」「誰のため」ということが分かるケースは必ずしも多くない。例えば、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)は、日本中どこでも住民票が取れるということが売りのようだが、他方、そのサービスは9時から17時まで、とも言われている。しかも、わざわざ専用端末が置かれている場所まで出向かなければならない。インターネットからのアクセスも今のところ全く考えられていないし、他の目的の個人認証などのためのデータ利用も厳しく制限されるらしい。総合行政ネットワーク(LGWAN)に至っては、どのようなアプリケーションが乗るのかすら明らかではない。

 プライバシー保護やセキュリティなどの理由があるにせよ、インターネット・バンキングで1000万円もの金額の移動(振り込みなど)が24時間365日、自宅からでもできる御時世に、このレベルのサービスでは、いかにも見劣りする。こうしたサービスのために一体いくらの予算(将来にわたっての総額)が費やされるのか聞いたこともないし、その結果、市町村の行政コストがどのくらい削減されるのかも聞いたことがない。

 我田引水で恐縮だが、今年の4月から大阪府のIT担当の参与をお引き受けした。これは、府の掲げる「e-ふちょう」プランの中で、例えば「総務関係の事務をIT化し、アウトソースすることによって、350人の職員削減を目指し、そのための総予算(7年間)は28億円を目途とする」といった形で目的とコストが明確に示されている点に新鮮さを感じたからである(参考:大阪府総務サービス整備運営事業に係る包括的業務委託の『実施方針案』)。

 これが理想形か?と問われれば、色々な制度の制約もあり、まだまだ改善の余地はあろう。しかし、「誰のため」「なんのため」かも分からないまま、巨額の予算が投入される状態よりは大きな改善である。こうした試みが広がって行き、「IT予算は新しい形の公共事業利権」といったような“悪しき”状況が一刻も早く改善することを望みたい。

安延氏写真 筆者紹介 安延申(やすのべ・しん)

通商産業省(現 経済産業省)に勤務後、コンサルティング会社ヤス・クリエイトを興す。スタンフォード日本センター研究部門所長を兼職するなど、政策支援から経営コンサルティング、IT戦略コンサルティングまで幅広い領域で活動する。