日立総合計画研究所・編

 パブリック・インボルブメント(Public Involvement)は、「市民参画」または「住民参画」と訳されます。政策の立案段階や公共事業の構想・計画段階から、住民が意見を表明できる場を設け、そこでの議論を政策や事業計画に反映させる手法を意味します。

 当初、パブリック・インボルブメントの導入は公共事業を中心に進展しました。米国では1991年に総合陸上輸送効率化法(ISTEA:Intermodal Surface Transportation Efficiency Act)が制定され、地域交通計画の策定においてパブリック・インボルブメントの導入が義務付けられ、パブリック・インボルブメントの制度化が進みました。

 日本では国土交通省の各地方支分部局や公団など公共事業を所管する組織が個別にパブリック・インボルブメントを導入していましたが、手続きの標準化を図り、住民参画を促すため、2003年6月に国土交通省が「国土交通省所管の公共事業の構想段階における住民参加手続きガイドライン」を策定しました。同ガイドラインでは、公共事業の構想・計画段階において、

  • 複数案の作成、公表
  • 手続きを円滑化するための組織の設置(協議会/第三者機関等の設置)
  • 住民等の意見を把握するための措置(インターネットの利用、説明会/公聴会の開催、意見書の受付等)
  • 案の決定過程の公表等

 などを行うことを求めており、各項目についての基本的な考え方を定めています。

 このように、日本でも米国でも、公共事業の分野からパブリック・インボルブメントの導入が始まりましたが、その適用範囲は次第に拡大し、最近では地域基本計画の策定などでもパブリック・インボルブメントが活用されています。

 例えば、米国ボルチモア市の地域基本計画の策定はその好例といえます。ボルチモア市およびその周辺地域は、近年、治安の悪化、雇用や観光客の減少などの問題を抱えており、2001年にボルチモア市および周辺の地方政府は域内の開発状況の共同調査を実施し、その分析結果をベースに再開発に関する政策案を作成しました。政策案の作成にあたっては、住民の代表から構成されるワークショップを開催し、住民の積極的な参画を実現しました。さらに、2002年には数多くの討論集会を開催し、そこでの議論や電話インタビューの結果に基づいて、ボルチモア地域全体の2030年までの地域基本計画、「ボルチモア市民ビジョン2030」を策定しました。日本でも、神奈川県大和市などが地域基本計画の策定にあたって、市民からの意見を反映させる取り組みを行っています。

 パブリック・インボルブメントにおいては、住民に意思決定の材料となる情報を十分に提供した上で、住民の参画を促進し、合意形成を円滑に行うための仕組みが重要となりますが、その手段のひとつとしてITを活用することが有効です。

 例えば、すでに一部の地方自治体では、政策や事業計画の内容や影響を理解しやすい形で提示するために、ITを活用した取り組みが始まっています。前述の米国ボルチモア市では、NPO(非営利組織)の「環境シミュレーションセンター(ESC:Environmental Simulation Center)」が提供するGIS、シミュレーション、アニメーション・ソフトを組み合わせたシステムを活用しました。これにより、例えば、再開発の政策案を住民に提示する際に、開発パターン別の街の景観を立体的な映像で示すなど、各政策案を採択した場合の地域の将来像を住民に直感的に分かりやすく伝えることが可能となりました。

 このように、ITも活用しながら、パブリック・インボルブメントを導入することで、政策や公共事業の実施過程全体の透明性が向上することが期待されます。また、パブリック・インボルブメントによって、政策や事業計画に対する住民の理解が得られやすくなるため、実施段階で住民の反対運動が起こりにくくなり、中長期的に社会的コストを低減させる効果もあるでしょう。これらを通じて、住民ニーズに適った地域づくりが推進できそうです。