EAについてまとめのディスカッション
~都道府県はEAどう取り組むべきか~

モデレーター:星野友彦(『日経コンピュータ』副編集長)

 EA(エンタープライズ・アーキテクチャ)という言葉が、にわかに脚光を浴びている。起爆剤となったのは、2003年7月に策定された「電子政府構築計画」だ。IT戦略本部に設置された各府省情報化統括責任者(CIO)連絡会議が発表したこの計画で、EAの採用がうたわれた。2003年12月にはEA策定ガイドライン(※1)も公表されている。

■中央政府のやり方が都道府県で使えるのか

知地孚昌氏

岐阜県知事公室参事
(情報化推進担当)
知地孚昌氏

山口泰輝氏

徳島県県民環境部副理事
山口泰輝氏

 都道府県CIOフォーラム春期会合では、メインテーマとしてEAを採り上げた。米国から2人と州政府CIOを招いての基調講演、続けて行われたベンダー各社によるEAについてのプレゼンテーションの後を受け、都道府県CIOによる活発な意見交換が展開された。

  今回の議論を通じて、日本の都道府県でEAを採用する場合の課題がいくつか明らかになってきた。まず、都道府県CIOフォーラムの米国調査団に加わった岐阜県知事公室参事(情報化推進担当)の知地孚昌氏は次のように問題を提起した。

  「視察団では、米国のOMB(行政予算管理局)を訪問した。OMBはクリントン大統領時代に、連邦政府全体における調達の無駄を省くため、あるべき姿を全体的に見直して調達の体系化を図ることを目的として組織された。スタッフは現在400人。連邦政府のEA(FEA:Federal Enterpraise Architecture)(※2)は、ここが中心となって推進している。

OMBでは、IT予算だけでなく、戦闘機や船の購入など、すべての調達をチェックしている。ここで言う「調達」とは、単に購買(procurement)を意味するのではなく、企画段階から予算を執行した後の結果を最終的に評価するところまでを含んでいる。

 こうした組織のあり方は理解できるが、このやり方を、そのまま県や市町村のレベルで展開できるのか。そのことについては疑問が残った」。

 さらに、徳島県県民環境部副理事の山口泰輝氏がこう続けた。「EAを都市計画の比喩で説明する場合があるが、仮にそうだとするならば、EAとは知事レベルの問題だ。そこにCIOが関わるなら、きちんとした位置付け、権限を持たせている県でないと難しい」。

  このようにまず、都道府県において、EAを進めていくための組織はどうあるべきか、という問題が浮かび上がってきた。そもそも米国の事例が日本でそのまま適用できるのか。また、中央政府のEAをそのまま地方自治体に適用できるのだろうか。

 米国では、連邦政府と州を始めとした地方自治体が情報を共有できるようになることが、EAの目標の一つであると認識されている。国と地方自治体が連携してのシームレスな電子行政サービスを目指すなら、EAにおいても、ある程度は国と地方での連携が必要だからだ。日本でも目指す方向は同じだ。都道府県サイドとしても、政府におけるEAの動き、さらには米国における中央/地方の連携についても注視・研究し、取り入れるべきところは取り入れていくべきだろう。

 ただし、徳島県の山口氏が指摘するように、CIOに権限が付与されていないとEA導入は難しい。

 EAとは、一言で表現すると「顧客ニーズをはじめとする社会環境や情報技術自体の変化に素早く対応できるよう『全体最適』の観点から業務やシステムを改善するための仕組み」(※3)ということになる。

  業務・システムの「全体最適」を目指すためには、部局を横断してIT予算の決定権限が必要だ。ところが、そんな権限を持つCIOがいる都道府県は、まだまだ少ないというのが実情だ。


※1 経済産業省がとりまとめた「EA策定ガイドライン」はインターネットからダウンロードできる。今回のレポートでは、紙数の都合もありEAについての詳しい説明は省いているので、このガイドラインをなど参照していただきたい。

※2 FEAPMOのサイトから、米国連邦政府のEA(FEA:Federal Enterprise Architecture)に関する情報を掲載。各種文書のダウンロードも可能。

※3 「EA策定ガイドライン」(※1参照)より。


■ITへの理解の薄いトップにEAをどう説明するか

池田敏雄氏

福井県総務部
情報政策課IT推進室長
池田敏雄氏

 次に 発言したのは福井県総務部情報政策課IT推進室長の池田敏雄氏だ。

  「まだ私自身EAを理解し切ってはいない。従来の開発手法との違い──つまり、これまでとどこが同じでどこが違うのか──を明示できなくては、上に説明できない」。
  この意見は、多くの自治体の情報政策担当者の本音を代弁しているのではないだろうか。会議終了後、何人かの出席者に意見を聞いたが「正直言って、現段階では知事には説明できない」「ベンダーの側でも、まだまだEAの方法論が固まりきっていない部分があるのではないか」といった声も聞かれた。

  高知県や福岡県のように、すでにEAの取り組みを開始している県もある。しかし、各都道府県によって、トップのITの理解度や電子自治体への取り組み状況は様々だ。まずは先進的な自治体が導入し、そこで実績が出て初めて各地でEAの導入が始まる、という展開となるだろう。

なにしろ、政府のEAへの取り組みにしても、まだ緒についたばかり。EA策定に当たって重要な役割を担う「参照モデル」(EA策定の共通指針となる参考書/辞書の役割を果たすドキュメント)も、まだ出来上がっていない段階だ。ベンダーにしても、ようやくEAに精通した人材を育成し始めたところだ。

つまり、具体的な成功事例がまだ聞こえてきていないのだ。自治体のIT担当者が「トップにEA導入をプレゼンするには、まだ説得材料に乏しい」と判断を下したとしても、無理からぬ部分がある。

■米国では州政府CIOが共同でEAを研究

  確かに、都道府県によってITの進展度は様々だ。とはいえ、お互いに協力できることはあるはずだ。ここで参考になるのが、NASCIO(全米州CIO協議会)の取り組みである。NASCIOでは、EAを平易に解説したビデオを2種類制作している。1本は、ITには素人の予算や政策担当者にEAを理解してもらうためのもの。もう1本は、独創性にこだわりのあるIT技術者に「EAは独創性へのプラス材料である」というメッセージを伝えるためのものだという。

  そして、州政府CIOやEAの専門家が参加するワーキンググループが、EAの参考書であるツール・キット(Enterprise Architecture Tooll-kit)(※4)を制作している。ツールキットはEAの概観やテンプレートなどで構成されており、現在バージョン2.0がNASCIOのWebサイトから無償でダウンロードできる。米国ミズーリ州CIOで、NASCIO会長を努めるジェリー・ワシントン氏によると「近日中にはバージョン3.0を公開予定」(前日の基調講演より)という。

  日本においても、地方自治体が共同でEAの研究を進めていってもよいのではないだろうか。音頭を取るのは、都道府県CIOフォーラムでもいいし、あるいは中央省庁でも、他の団体でも構わないだろう。

※4 NASCIOのサイトの 「Publications」をクリックするとツール・キットをはじめとする各種資料をダウンロードできる。

■“金食い虫”から脱却するためのEA

井上良一氏

神奈川県企画部次長
(IT担当)
井上良一氏

  最後に、少し長いが神奈川県企画部次長(IT担当)の井上良一氏による発言を紹介して、このレポートの締めとしたい。

「電子自治体の推進については、各自治体ともやらざるを得ないという方向で動いているので、トップも了解する。しかし必ずしもトップが“分かっていて了解”しているとは限らない。その結果として『トップに説明しても分からないから、黙って進めてしまう』『トップにはこの部分だけを説明して、後は自分たちだけでやってしまう』といった状況になってしまっている。

こうしてIT技術とトップマネジメントの意識が乖離した結果、『ITは金食い虫で思ったような効果が出ない』とトップから言われてしまう。これは我々情報システム部門の責任であって、我々ができることを勝手に進めてしまった結果ではないのか。
 神奈川県では、庁内のIT化は既にそれぞれ各部署で進んでいる状態だが、これでは無駄が多いというのが実態だ。

  現在、全庁的にITシステムの現状について調査をしている。そのうえで、組織全体として効果的な仕組みを作って行く。これには、EAを取り入れることも考えなくてはならないだろう。今までバラバラでやってきたことを修正する手法として(EAは)意義があるのではないか」。

米国政府においても、日本政府においても、まさにこの問題──統一が取れず無駄が多いIT投資──を何とかするためにEAという手法を使い始めた。財政状況の悪化やアカウンタビリティの観点からも、IT投資の費用対効果は今以上に市民から厳しく問われることが予想される。都道府県においても、今すぐEAを導入するかどうかはともかく、少なくとも検討はせざるを得なくなるだろう。