国・自治体の責任を明確化する新しい公会計システム「国ナビ」「自治ナビ」
公会計とは、一般的には国や地方自治体など公共部門の会計の仕組みを意味します。そして、企業会計の流れを汲むNPM(ニュー・パブリック・マネジメント)の考え方によれば、単式簿記・現金主義会計から複式簿記・発生主義会計へ、さらには予算重視から決算重視へ……ということが公会計のあるべき姿として語られています。そこで作成される財務諸表は、国民を政府の顧客という立場として位置付けて、主として顧客たる国民に対する決算情報の開示として作成されてきました。
しかし、公会計を考える場合、国民=顧客という視点だけでは不十分であると私は考えています。確かに国や自治体の首長は、その組織の運営を任された者として、顧客たる国民・住民に対して十分な情報開示を行うことは重要です。とはいえ、国民・住民は、国や自治体にとって単なる外部者にすぎない「顧客」であるだけでなく、そもそも国や自治体の所有者(主権者)であるという視点を忘れてはなりません。
外部者たる顧客に対する情報開示は単なる宣伝・広告に過ぎませんが、会計的に重要なアカウンタビリティ(説明責任)の核心は、組織の所有者(主権者)に対する財産管理者(受託者たる政府)の責任の明確化にあります。そして、公共部門においては財産管理者(受託者たる政府)の責任は、毎年度の予算編成を通じて設定される構造になっています。つまり、受託者たる政府がその責任を会計的に明らかにするためには、決算のみならず予算についても財務諸表を作成し、十分な情報開示を行わなければならないのです。例えば、企業でも顧客向けと株主向けで説明すべきことが異なるように、国や自治体も、その運営にあたっての意思決定の内容、すなわち予算編成の経緯がわかるような財務諸表を作るべきである、というのが私の考えです。
このような考えに沿って、公認会計士やシステムエンジニアの方々と一つひとつの勘定科目と会計処理(仕訳)を検討しつつ見直した末にできたのが、国家ナビゲーションシステム「国ナビ」と、その地方自治体版である「自治ナビ」という財務会計システムです。「国ナビ」「自治ナビ」という名前のソフトウエアも実際に出来上がっています。この会計ソフトを用いて、いくつかの先見性のある地方自治体からデータを提供していただき、実際の数値を取り込んだ「自治ナビ」によるシミュレーションも実施し、その効果を確認しました。現在、「国ナビ」と「自治ナビ」の基本設計部分については、私が所属する新潟大学を通じて特許を出願しているところです。
では、これら「国ナビ」と「自治ナビ」という新しい財務会計システムは、従来のものとはどう違うのでしょうか。
従来は新しい財務会計システムを導入すると、複式簿記に関する知識を前提とした上で、さらにデータを組み替える、操作方法を覚える等々、ユーザーにとっては時間も掛かり面倒なことも多かったかと思います。しかし国ナビ・自治ナビでは、財務諸表のシート(図表1参照)の読み方さえ覚えれば、これまで国や自治体の出納担当者が入力していた伝票の数値を従来どおりの方法で入力するだけで、自動的に単式・複式変換の上、会計処理(仕訳)ができるように設計されています。そして、予算編成の意思決定に合わせて数字の操作を行うことで、「最終的にどの予算を重視しているのか」「将来世代に対する負担の先送り金額(例えば、道路や橋などの建設において公債の発行により将来世代に先送りされている金額など)がいくらになるのか」といったことがが一目瞭然となるシートが作成できるのです。
■図表1 国ナビ・国家財政ナビゲーション・システム |
もっとも、「国ナビ」や「自治ナビ」は国や自治体の自動操縦装置ではありません。むしろ予算編成上の意思決定のシミュレーションができることで、国や自治体の首長の意思決定を支援するだけでなく、議員や国民・住民が予算編成とその執行を随時監視し、チェックする機能を持ったソフトであるといえます。
「国ナビ」や「自治ナビ」の開発に当たっては、税金の会計処理(仕訳)をはじめとして新たな勘定科目を設定したり、公共事業の実施による一国経済全体への波及効果を測定するために一般均衡モデルとの勘定連絡(勘定相互間の連動)を確保したり、随所にさまざまな工夫を凝らしています。
そして、「国ナビ」を使った近未来の国家予算編成の風景はこんなふうになります。まず、首相が必要な予算項目とその金額を思いのままに入力をした財務諸表のシートを作成します。そこから出発して、首相自身が自らのマニフェストなどに照らし合わせて将来世代への負担の先送り金額などに配慮しつつ、さまざまなシミュレーションを繰り返して予算の調整を行うのです。
従来の予算編成では財務省などの行政官同士の要求と査定というボトムアップの意思決定の過程が中心となっていました。しかし、「国ナビ」を活用すれば、それ以前の段階で資源の調達と配分に関する大枠としての意思決定を、内閣、とりわけその首長たる総理大臣が中心となって行うことも難しくありません。「国ナビ」が“従来の予算編成のあり方に革命を起こそうとしている”と言われるのも、こうしたトップダウンの仕組みを導入しやすくするシステムだからです。
実は、公会計の分野では諸外国においてもさまざまな取り組みがなされていますが、理論的にも、また実際のシステム開発の面でも、「国ナビ」や「自治ナビ」といった我が国のアプローチはその最先端を行くものとして評価されています。その大きな一里塚になったのは2003年3月に日本公認会計士協会から公表された「公会計概念フレームワーク」を起草する機会をいただいたことです。その新たな理論を具体化し、目に見える形で財務諸表を表せないか……と試行錯誤した末に完成したのがこの「国ナビ」と「自治ナビ」ですから、少しずつ公会計の新しい波は大きくなってきているのではないかと感じています。
最後になりましたが、今後は日本に限らず、「国ナビ」「自治ナビ」を公会計分野におけるグローバル・スタンダードにしていくためにも、財務省や日本公認会計士協会などとも協力してIMFやOECDなどでの議論にも積極的に参加したいと考えています。さらに詳しくは昨年10月に上梓した『公会計革命』(講談社現代新書)または昨年12月に上梓した『公会計』(NTT出版)に譲りますが、一国経済全体の経済循環をすべて網羅する一般均衡モデルとしての「拡大版の国ナビ」など、おおいなる可能性を秘めたソフトとしての使い道も模索しています。皆様も、ぜひこの新しい財務会計ソフトを活用した予算編成をまずは体験していただければ幸いです。
【国ナビ・自治ナビのお問合せ先】
桜内文城のURL:http://homepage3.nifty.com/sakurauchi/
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