■神奈川県小田原市は700万円弱で防災システムを構築した。“大型ディスプレイがある司令室”といった豪華な設備は全くない。災害時に本当に必要となる機能を検討してシステムを構築し、徹底的に実用性だけを追求した。今市市や甲府市にもシステムを無料提供して、インターネットを利用した相互バックアップ体制を築くなど、アイデア豊富だ。(文:鈴木淳史)

※ この記事は『日経BPガバメントテクノロジー』第6号(2004年12月15日発行)に掲載されたものです。


 静岡県を中心に発生するとされる東海地震では、神奈川県西部の小田原市でも震度6に達すると気象庁は予測している。とはいえ、「厳しい財政事情の中で防災システムに多額な費用は掛けられない」(小田原市防災部防災対策課計画担当主査の府川悟志氏)。そんななかで小田原市は、機能の絞り込みや実力のあるベンチャー企業との協力などにより、総額700万円弱で防災システムを完成させた。

神奈川県小田原市

 府川氏らは開発段階において、「災害によって混乱した状況下で本当に必要となる機能は何か」について検討に検討を重ねた。実際の災害時に職員が使う余裕がない機能を省いたり、住民の協力も得ての運用体制を考えシステムを設計し、余分なコストを抑えた。2002年10月に完成した時点での「小田原市防災情報システム」の構築費用は約600万円。翌年度に追加した、携帯電話での表示機能の開発費用が約80万円だった。

 さらに、遠距離に位置する自治体と相互バックアップ体制を整えている点も注目に値する。姉妹都市の栃木県今市市に加え、災害復旧相互応援に関する協定を結んでいる山梨県甲府市にソフトを無料提供し、小田原市と同一の防災システムを導入してもらっている(詳しくは後述)。

■四つの独立したシステムで防災情報システムを構成

 「小田原市防災情報システム」は、それぞれ独立して稼働する四つのシステム(「安否情報システム」、「ボランティア情報システム」、「被災地情報システム」「物資供給情報システム」)から構成されている。

■「小田原市防災情報システム」を構成する四つのシステムの内容
システム名 利用者 機能
安否
情報システム
住民および
職員
広域避難所となっている小学校のパソコン教室から安否情報を入力し、住所などの個人を特定できる情報を除いて公開する。他の自治体からもインターネットを通じて登録した情報を検索することができる
ボランティア
情報システム
住民および
職員
避難所や市役所、支所などから、広域避難所の運営、避難者支援、復旧作業といった、ボランティアに協力を要請する内容を登録・公開し、ボランティア活動の希望団体に迅速に情報を提供する
被災地
情報システム
職員 市役所の支所など15支部に配置された職員が、被災地域のデジタル写真や位置などの被害情報を支部のパソコンから登録する。これにより集計した被害件数から、市内地区別に色分けしたデジタル・マップを作成し、災害対策本部が状況判断に利用する
物資供給
情報システム
職員 広域避難所の避難者やボランティアに、必要となる物資を市役所、支所の職員などが随時登録する。救援物資を一時的に集めるターミナルで、登録された情報を把握し、効果的な救援物資の供給に役立てる

 これらのシステムは、地域イントラネットまたは一般のインターネット網を介して情報を共有する。情報を入力する場合は、小田原市の防災情報のWebサイト(http://www3.city.odawara.kanagawa.jp/bousai/)をブラウザー(インターネット閲覧ソフト)上に表示し、IDとパスワードでログインする。

 災害が発生すると担当者は、「スレッド」と呼ぶタイトルを作成する。ここで災害ごとに情報を蓄積・管理する(画面画像)。表示された該当する災害のスレッドをクリックすると各システムが利用できる。現在のところ被災地情報システムしか稼働実績がなく、今年10月9日に伊豆半島に上陸した台風22号では、土砂崩れ2件、屋根の損壊三十数件などの報告があった。

■発生した災害ごとに、情報をまとめるポータル画面
発生した災害ごとに、情報をまとめるポータル画面

 四つのシステムには利用者の制限に違いがある。「被災地情報システム」と「物資供給情報システム」は、職員しかデータ入力や閲覧ができない。「被災地情報システム」は、市役所の支所や地区会館などの「配備職員地区支部」15カ所から周辺の被災情報を収集することが目的だ。

 この15カ所に勤務する市の職員(約300人)が、IDとパスワードを使って支部のパソコンから被災地情報システムにログインし、入力画面から家屋の倒壊や浸水、火災などの被災情報を登録する。デジタルカメラで撮影した被災状況の画像も送信することができる。蓄積された被災状況のデータを基に、市役所庁舎の災害対策本部が状況判断し、指示を出す。

 「物資供給情報システム」は、必要な物資の内容と数量を把握することが目的だ。広域避難所(小学校)で避難者が必要とする物資や、配備職員地区支部で復旧作業に必要となる物資を職員がまとめて、パスワードとIDでシステムにログインし入力する。一方、救援物資を集積する「ターミナル」(中学校など)の担当職員は、各拠点で何をどのくらい必要としているかを一覧で把握できる。

■職員だけでなく住民も入力作業に携わる

 「安否情報システム」と「ボランティア情報システム」は、職員だけでなく、住民も入力作業に携わることを想定している。両システムとも、広域避難所となる小学校のパソコン教室のパソコンを利用し、災害時に常駐する教育委員会の担当者2人(教頭先生など)もしくは避難者が、IDとパスワードを入力しシステムにログインする。IDとパスワードは、各学校のパソコン教室にあるパソコンの台数分(約40台)を割り振ってあり、教育委員会の担当者が住民の代表者に利用を許可する。

 小田原市では防災情報システムの入力研修を、2002年から毎年2カ月間実施している。毎年12カ所の会場で開催して、250の自治会から、200人ほどが参加している。

 安否情報としては、避難者が自身の情報を記入した用紙(避難者カード)の情報を入力していく。

 ボランティア情報システムでは、広域避難所に加えて、15カ所の配備職員地区支部からも復旧作業の支援要請などを入力できる。ただし支部からの入力は職員に限られる。ボランティア情報は、随時必要な協力要請を登録する。

 「安否情報システム」と「ボランティア情報システム」で入力・登録された情報は、インターネットを通じ、個人が特定できない範囲で一般に公開される。安否情報は、被災地域以外の住民が被災者の氏名や電話番号などを検索キーとして閲覧できる。ボランティア情報システムでは、援助を行いたいボランティア団体が自由に協力要請の内容を検索できる。