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続・IP電話の夜明け前(1)子会社での開発は回線インタフェース(1999年)
10年前には常識はずれであったIP電話。LANに音声を流す、という取り組みから、ようやくVoIPゲートウエイの製品化の実現までの、VoIP揺らん期に開発にあたった経験を前回のシリーズで述べた。今回は「IP電話」という名前で市民権を得るにいたるまでの変革をVoIPの可能性を信じて製品開発に取組んできた一技術者としての視点で見ていく。 欧州向けの最初のVoIPゲートウエイ製品完成を見届けた後、99年5月私は沖電気の関連会社での業務についた。当時、新製品の商品コンセプトや基本設計は沖電気の本体で実施し、開発を完了したものの商品維持設計や基本設計後の具体設計、応用設計などを関連企業で担当していた。つまり比較的先端に近い開発は沖電気本体で実施し、関連企業での担当部分は、いわば末端に近い設計と検証であった。商品に近い位置での開発なのであるが、最新の技術開発からは離れた感じがして、失望感は否めなかった。 出向先での役割
前者は、CTiOXという98年に開発完了したPBXを、私と同時に出向した同僚とともに関連企業に機種移管することであった。後者のラインユニットは、PBXに従来からある回線インタフェース(従来のアナログ電話や局線トランク、口の悪い人からはレガシーユニットと呼ばれていた)を収容するもの。沖電気本体で開発していたのを委託したものである。このユニットのコアになるVoIP-LSIは沖電気本体で開発し、関連会社ではこのVoIP-LSIをベースにして応用開発をしていた。 先端の製品開発に携わることができず、寂しい気持もあったが、一方で95年から突っ走りつづけてきた反動もあり、少し休憩してもいいかとの思いもよぎった。沖電気にはリフレッシュ休暇という制度があり、この機会に休暇をとるのも悪くないと思った。しかし、この淡い期待は、後で見事に裏切られる。そして、私自身の開発履歴のなかでも、例を見ない経験をさせていただくことになる。
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