写真1 台湾で開発されている
無線IP電話機

 公衆無線LANが話題となった2002年ころから「無線IP電話を使う格安料金の通話サービス」の構想を語る通信事業者やメーカーが増えてきた。通話料の安いIP電話と公衆無線LANを組み合わせれば,携帯電話よりも安価にどこでも使える音声サービスを提供できるのでは――との期待からだ。だがこれまでのところ,こうしたサービスは実現していない。

 しかし,面展開した公衆無線LANの登場によって,この構想が実を結ぶ可能性が高まってきた。無線LANが面展開していれば,エリア内で携帯電話のように使える音声サービスを提供しやすくなるからだ。事実,面展開が進む台湾では「VoIP(voice overIP)が公衆無線LANのキラー・アプリケーション」と目されている(写真1)。

フュージョンも広島で実験

 日本でもフュージョン・コミュニケーションズが1月から,広島県大崎上島町でメッシュ型無線LAN機器を使った面展開の実験を始めている。フュージョンは「将来の新サービスへの布石」という。実験では無線LANにデータだけでなくVoIPパケットを載せ,その音質評価も実施している。

 ただし音質に関しては「障害物のない見通しの良い場所では良いが,見通しが悪くなると音質劣化がひどく,使い物にならないレベルになる」(フュージョンの関係者)と頭を抱える。無線LANが使う2.4GHz帯電波の直進性の高さが原因となっている。

 ライブドアは6月に開いた公衆無線LANサービス「D-cubic」の事業説明会で,端末の一つとして無線IP電話機(Wi-Fi電話機)を展示した。10月にサービスを開始するD-cubicのインフラではIP電話サービスを提供できるわけではない。とはいえ,2007年ころに提供するサービスとして,無線IP電話をロードマップに組み込んでいる。

高いハードルとなる050番号割り当て基準

 「公衆無線LAN+IP電話」サービスの実現のために,面展開と同様に重要なのが,端末への「050番号」の割り振りだ。050番号とは「050-XXXX-XXXX」といった国内で使われるIP電話専用の番号。通信事業者が端末に直接050番号を割り振れば,既存の固定電話/携帯電話などとの通話が容易になる。

 では,現時点の公衆無線LANサービスで050番号は使えるのだろうか。実は今のところ「公衆無線LANで050番号が使えるIP電話」を掲げるサービスは登場していない。唯一,NTTコミュニケーションズが「公衆無線LANサービス『ホットスポット』でなるべく早い時期に提供したい」(NTTコミュニケーションズでホットスポットを担当する石田聡毅ユビキタスサービス部担当課長)と明かすだけである。

 総務省は,通信事業者が無線IP電話サービスを提供する場合の050番号割り振り基準を明確にしている。まず有線/無線を問わず,IP電話機一般の通話品質の評価法は,情報通信技術委員会(TTC)が発行した仕様書「JJ-201.01」に準拠する。総務省はJJ-201.01に基づいて,通信事業者のサービスの通話品質を評価し,050番号割り振りの可否を判断する。このJJ-201.01を「公衆無線LAN+無線IP電話」の環境に当てはめるため追加された仕様書が,「無線LANを用いたIP電話の通話品質評価における留意事項」(通称「TS-1010」)である。TS-1010はTTCが2004年7月に発行している。

 現時点では,この割り振り基準が通信事業者にとっては高いハードルとなっているようだ。無線LAN区間では電波の減衰や電波が届かない場所が発生するので,通話品質を一定に保つのが難しいのである。

デュアル端末が既存携帯電話に影響?


写真2 無線LANとGSM携帯電話の
デュアル端末「BenQ P50」

 ただ今後,「公衆無線LAN+IP電話」が有力なサービスになる可能性は高い。フュージョンやライブドアだけでなく,携帯電話事業への新規参入を目指す事業者がサービスに興味を持っているからだ。

 鍵となるのは無線LANと携帯電話の「デュアル端末」(写真2)。つまり,公衆無線LANのエリアでは無線LANで,公衆無線LANのエリア外では携帯電話で通話やデータ通信を行う利用方法である。

 特に「BBモバイル」と「モバイルポイント」という二つの公衆無線LANサービスを持つソフトバンク・グループが,無線LANに対して熱心な取り組みを見せる。第3世代携帯電話「W-CDMA」と無線LANのデュアル端末の提供を考えているのだ。6月には埼玉県さいたま市で進めているW-CDMAの実験で,無線LANとのハンドオーバーを試みている。実験では音声とデータ通信の両方で,W-CDMAと無線LAN間のハンドオーバーに成功したという。

 この無線LANと携帯電話のハンドオーバーは世界的な流れでもある。ハンドオーバーを実現するための標準技術「IEEE 802.21」の規格策定作業も進んでいる。

 公衆無線LANでデュアル端末を使った通信が実現すれば,携帯電話の音声トラフィックを無線LANに流せる可能性もある。無線LANでも十分な通話ができる場所では,携帯電話よりも通話コストが安く済む無線IP電話を使うサービスの登場が考えられるからだ。

 こうした将来の動きを,携帯電話事業者も十分意識している。例えば最大手のNTTドコモは公衆無線LANサービス「Mzone」を提供しつつ,企業向けにFOMA/無線LANデュアル端末「N900iL」を販売する。現在はN900iLをMzoneでは使えない。安田準・法人営業本部第一サービス推進担当部長は「NTTドコモがFOMAのトラフィックが下がるようなサービスを先陣を切ってやることはないだろう」と言う。ただし「他の事業者が始めたら追随せざる得ないだろう」(同)と将来に含みを持たせた。

(武部 健一=日経コミュニケーション

【「面展開」した公衆無線LANの真価を問う】の特集ページはこちらをご覧下さい。