写真1 ジャパンワイヤレスの
記者会見

 6月のライブドアの発表以降,公衆無線LANサービスの「面展開」が話題となっている。面展開とは多数の無線LANアクセス・ポイント(AP)を設置して,特定のエリア全体を無線LANの電波で覆うこと。面展開した公衆無線LANでは,携帯電話やPHSと同様に,原則エリア内のどこでもサービスを利用できる。

 ライブドアの発表の前からサービス提供計画を明らかにしていたYOZANに加えて,7月には平成電電が出資するジャパンワイヤレスが面展開する公衆無線LANサービスを準備中であると発表した(写真1)。ジャパンワイヤレスは平成電電のADSL(asymmetric digital subscriber line)サービス「電光石火」などにAPを接続して年内にサービスを始める。

 これまでサービスを提供していた公衆無線LANサービスは面展開ではなく,「生活動線に沿った展開」をベースとしていた。つまり,駅や空港,ホテル,ファーストフード店など,生活の中で訪れやすい場所に限定してAPを設置している。

 面展開の公衆無線LANが実現すれば,既存の公衆無線LANよりもユーザーの利便性を高められるという見方がある。ライバルとなる,ある公衆無線LAN事業者は「公衆無線LANは使いたいときに使えないのが最大のネック。面展開でこの限界を打ち破るのであれば,同業他社ながらライブドアさんには期待したい」と言うほどだ。

無線LANの電波で面展開は困難?

 その一方で,公衆無線LANの面展開は本当に実現できるのだろうかと疑問視する声も少なくない。

 例えば,APの設置台数について。ライブドアが山手線圏内の80%をカバーするために設置するAPの数は2200台。ただし「あくまでサービス開始時点のもの」(ライブドア・ネットワーク事業本部の照井知基・執行役員上級副社長)という。その後は,ユーザーからの要望や各APのモニタリング結果を元に随時APを増やす。「最終的にはやってみなければわからないが,5000台程度になるだろう」(同)としている。ジャパンワイヤレスも2万4000台のAPを政令指定都市に設置し,人口カバー率で25%を達成できるとする。

 だが,ある通信事業者は「無線LANが使う2.4GHz帯の電波は直進性が高い。ライブドアのサービスのように電柱にAPを設置する場合は,周辺のビルの窓際にしか電波は届かないのではないか」と指摘する。無線LANでビルの屋内も含めて面展開を図ろうとすれば,想定以上に多くのAPが必要になるのではないか,との疑問だ。

 しかも2.4GHz帯には電波干渉の恐れがある。無線LANは既に企業や家庭で普及しているし,既存の公衆無線LANサービスの電波もある。また,2.4GHz帯は「ISM(industrial, scientific, medical applications)バンド」と呼ばれ,電子レンジや医療用機器など,様々な機器が使う。2.4GHz帯の無線LANは場所によっては,電波干渉によって実効スループットが大幅に低下する可能性があるのだ。

 また,そもそも面展開のニーズに懐疑的だとする意見もある。「屋外でノート・パソコンを広げてインターネットに接続するユーザーはかなり少ない」(ある通信事業者)からだ。面展開で新たに増える利用シーンが見えないというわけだ。

世界の各地で面展開が始まっている

 疑問の声はあるものの,日本だけではなく世界各地では,公衆無線LANの面展開プロジェクトが始まっている。米国アリゾナ州テンペ市やルイジアナ州ラストン市,ペンシルバニア州フィラデルフィア市,台湾の台北市や高雄市などだ。「市」単位なのは,いずれも自治体主導のプロジェクトだからである。この点は民間事業者主導の日本とは事情が大きく異なる。


写真2 テンペ市が導入した
米ストリックスのAP

 テンペ市では8km×14km四方のエリアに300台以上のAPを設置する。2004年12月に実験を始め,2005年4月から部分的にサービスを提供している。市の公共サービスとして,住民や警察,消防,学校などにブロードバンド・インフラを提供するのが目的だ。

 テンペ市に無線LAN機器を納入した米ストリックス・システムズによると「ユーザーは1Mビット/秒程度のスループットで利用できている」という(写真2)。テンペ市はADSLやFTTH(fiber to the home)といったブロードバンド・サービスがあまり普及していない。1Mビット/秒のスループットを持つ無線LANは,モバイル用途だけではなく,ラスト・ワン・マイルのインターネット接続用途としても有用だという。

 こうした使い方が日本でも有り得るのかは分からない。日本では高速ADSLが普及しており,FTTH回線も安いからだ。日本ではラスト・ワン・マイル用途はニーズは大きいとは言えないだろう。

面展開が新サービスのシーズとなる

 とはいえ面展開した公衆無線LANが新サービスを生み出すきっかけになる可能性はある。例えば,デジタルカメラやMP3プレーヤ,スマートフォンなどが無線LAN機能を備えれば,高速データ通信を使う新サービスが登場しそうだ。ノート・パソコン以外の無線LAN端末の普及が,面展開の成否の鍵を握るかもしれない。

 日本で面展開型無線LANが実用的なサービスとして成り立つのかどうかはまだ未知数。その成否が判明するにはサービス開始後しばらくはかかるだろう。ある公衆無線LAN事業者は,広い範囲をカバーできる無線規格として注目を集める「WiMAX」との関係にも言及する。「無線LANでの面展開がダメだと分かれば,WiMAXへの移行が一気に動き出すだろう。実は既存の公衆無線LAN事業者が面展開へ踏み出さないのはWiMAXの技術的な成熟を待っているからではないか」と推測する。面展開の成否はWiMAXの商用化にも大きな影響を与えそうだ。

(武部 健一=日経コミュニケーション

【「面展開」した公衆無線LANの真価を問う】の特集ページはこちらをご覧下さい。