写真1 D-cubicは山手線圏内の
80%をカバーする

 「500円でやろうと決めてから,逆算して戦略を練り上げた」--。ライブドア・ネットワーク事業本部の照井知基・執行役員上級副社長は弊誌の取材にこう打ち明けた。

 ライブドアが6月15日に発表した「D-cubic」は,2.4GHz帯を使うIEEE 802.11b/gを採用した公衆無線LANサービス。7月末から東京の新宿および六本木周辺で無償試験サービスを始め,10月までに山手線内2200カ所に無線LANアクセス・ポイント(AP)を設置。山手線圏内の80%の地域でサービスを開始する計画である(写真1)。

「最初から500円じゃないとダメ」と堀江社長が一蹴

 D-cubicで注目されるのが,無線LANエリアの面展開を進めながらも,インターネット接続料金を含めた料金が月額525円(税込み)と安価なこと。この料金は,他社の公衆無線LANサービスの月額利用料金の3分の1程度。さらに,無料の「ライブドアID」を取得すれば,ライブドアのポータル・サイト内の利用に限って無線LAN接続を無料とするサービスも打ち出している。

 だが実際には,照井副社長も「面展開で,しかもそれを500円でやれるかどうかぎりぎりまで悩んだ」と明かす。さすがに採算を取るのは難しいと考えたようだ。実際,「800円程度からのスタートはどうでしょう」と堀江貴文・代表取締役社長兼最高経営責任者に相談したこともあったという。「ユーザー数が10万人を超えたらキャンペーンで500円にする」案なども考えていたそうだが,「最初から500円じゃないとダメと堀江社長に一蹴された」(照井副社長)。

面展開は自動車での利用も考慮

 こうして“500円ありき”でスタートした公衆無線LANだが,なぜ面的に展開にしなければならなかったのだろうか?既存の公衆無線LANスポットは,人の動線やノート・パソコンの使用場所を考慮したスポット型で,面展開型の成功例は日本ではまだない。

 この面展開という発想も堀江社長の一言がキッカケだったという。「車でメールできたら便利だよね」--。自動車で都内を移動する堀江社長にとって,既存の公衆無線LANスポットは不便。「金額は高いし,使える場所を探さなければならない」。堀江社長と照井副社長の公衆無線LANに対する意見が一致した。

 こうした理由だけではないだろうが,D-cubicは自動車での利用など,今までの公衆無線LAN事業者とは異なる利用シーンを考えている。照井副社長も「無線LANで使うデバイスにはこだわっていない。タクシー会社や一般の自動車などが使うネットワークなど,あらゆる可能性を考えていく」と発言している。

 個人だけではなく法人ユーザーへのサービス提供もD-cubicは折り込み済みだ。例えば医療機関を回る医薬担当者(MR)など,自動車で移動する法人ユーザーは都心でも珍しくない。こうした“あらゆる可能性”を試せる基盤として,面展開に至ったと考えられる。

電柱設置に強力な援軍,パワードコム

 面展開を進める上で最大の課題が基地局の設置場所だ。この難題を解決するための強力な援軍がパワードコムだ。


写真2 パワードコムの
中根滋社長が協力を表明

 ライブドアによれば2005年正月,パワードコムによると2004年末と若干時期はずれるが,たまたまパワードコムの中根滋・代表取締役社長兼CEOと塚本博之・専務執行役員がライブドアに来社した日が大きな転機となった。その日,照井副社長は公衆無線LAN事業について説明。その際「電柱を借りられませんでしょうか?」と相談したのをキッカケにライブドアとパワードコムの協力関係が始まった。

 6月の発表会でも中根社長と堀江社長はその協力関係をアピール(写真2)。中根社長は「無線LAN AP設置工事で全面協力する」と明言し,D-cubicに箔をつけた。

 無論,パワードコムから見れば,ライブドアは顧客。D-cubicが2200カ所に設置する無線LAN APまで光ファイバを引き,心線貸しによる収入を得られるというメリットがある。

電柱埋設地域もパートナ戦略で乗り越える

 電柱埋設地域でのエリア展開でもパートナの協力を仰ぐ。それが丸紅が出資する法人向けネットワーク事業者のグローバルアクセスである。同社は都内の大型商業施設やオフィスビル,大学のキャンパスなど約200カ所を結ぶ光ファイバ網を保有している。ライブドアは,この網に接続できるビルなどに無線LAN APを設置してエリア展開を進める計画だ。


写真3 堀江社長を囲む
D-cubicの協力企業の代表者

 発表会には,さらに日本IBMの堀田一芙・常務執行役員ゼネラルビジネス事業担当が,無線LAN事業への協力や自社での利用を表明。さらに質疑応答には無線LAN APなどでD-cubicに協力するアセロス・コミュニケーションズの大澤智喜・代表取締役が登壇するなど業界での著名人を多数そろえた(写真3)。

「500円だったらまあいいやと思えるレベル」

 発表会に来ていたある通信機器メーカー幹部は,「電柱を使った面展開では失敗例があるからね」と指摘。2003年12月に商用サービスを停止したモバイルインターネットサービス(有線ブロードネットワークス,現USENや無線機器会社のルートなどが出資して設立した公衆無線LAN事業者)を暗に引き合いに出した。それでも,「成功するかどうかはともかく,よくあれだけの役者をそろえたよね」と関心しきりだった。

 著名なパートナ企業を引き込むことで信頼性を醸し出しながら,一方で525円という戦略的な価格を打ち出したD-Cubic。「500円だったら毎月の支払いが苦ではない。まあいいやと思えるレベル」(照井副社長)と見る。実際にサービスを始めてみないと分からないが,公衆無線LANのユーザーを増大させる潜在能力を備えている。

(大谷 晃司=日経コミュニケーション

【「面展開」した公衆無線LANの真価を問う】の特集ページはこちらをご覧下さい。