ソフトバンクBBが採用し東西NTTも今後導入を始めるのが,“ギガビット”の速度を持つGE-PON(gigabit Ethernet passive optical network)だ。GE-PONは1Gビット/秒の帯域を最大32ユーザーで共用する。現状は,ユーザーに提供する最大速度は100Mビット/秒とこれまでのサービスと変わらないが,ユーザーまで最大1Gビット/秒のサービスも射程内に入る。FTTH市場は,このGE-PONを中心にして大きく動き出した。

KDDIは12月にもサービス開始,GE-PONは調達済み

 台風の目になりそうなのがKDDIである。KDDIは2003年10月から集合住宅向けFTTHサービス「KDDI光プラス」を提供中。新たに,戸建て向けにGE-PONを使った新サービスを開始する計画だ。都内家電量販店などには既に告知済みで,12月にもサービス提供を始める見通しである。

 準備は着々と進んでおり,9月にはGE-PON機器の入札を実施し,国内のメーカーから調達することを決定した模様である。さらに中継網の拡充も進めている真っ最中。10Gビット/秒のポートを搭載した米コリジェント・システムズの伝送装置を大規模導入し,トラフィックの増加に備える。

 KDDI光プラスは,インターネット接続のほか,IP放送の「光プラスTV」,東京03などの「0AB~J」番号が使えるIP電話「光プラス電話」を組み合わせたサービスを打ち出した。0AB~J番号で既存の電話をやめられるメリットを打ち出したが,集合住宅は営業開始から開通までに時間がかかるため,なかなか認知度を上げられない。戸建てへの展開は,サービス普及には必須だった。

 実はKDDIの小野寺正社長(写真)は2003年5月から,戸建て向けのFTTHサービス参入を明らかにしていた。だが当時は,光ファイバ・インフラを調達できるメドは立っていなかった。というのも当時NTTは,PON機器ごと貸し出す料金を設定していたため採算に合わなかったのである。KDDIは分岐する光ファイバのすべてではなく,部分的に借りたいと東西NTTに申し出ていた(連載第1回参照)。東西NTTは,行政指導の中で総務省からKDDIと協議を進めるように促されたものの,ばら貸し自体は断固として拒否し続けた。KDDI側も技術的な問題点やGE-PON機器が登場したことなどから方針を変更。現在は,独自のPON機器を置くことでコストを抑えるという,ソフトバンクBBと同様の方式で交渉している。

ケイ・オプティコムも徹底抗戦

 既にFTTHサービスを提供中の事業者の中では,近畿地区に展開する電力系の通信事業者ケイ・オプティコムがGE-PONを早期に導入する見込みである。ただしこれは,FTTHサービスで運用している既存のPON装置の置き換えとなる。ユーザーに対して,新サービスとしては告知するかどうかは未定である。

 近畿地区のFTTH競争は激しい。ケイ・オプティコムのほかNTT西日本や有線ブロードネットワークス(USEN)などがひしめき合っている。ケイ・オプティコムは料金面でも積極的で,9月1日にはFTTHと既存の電話番号が使えるIP電話サービスをセットで月額5200円(税込み)という戸建て向けでは破格の料金を打ち出している。値下げの狙いについて,ケイ・オプティコムの田邊忠夫社長(写真)は,「NTT西日本とソフトバンクは大変な脅威。対抗していかなければならない」とコメントしている。

 さらにダークホースとしてNTTコミュニケーションズが控えている。サービスの全ぼうは見えないが,NTT持ち株会社がGE-PONを調達したのと同時期に,調達を終えている。既に万単位で機器を発注済みとも聞く。そう遠くないうちに何らかのサービスを打ち出すだろう。

 もしNTTコミュニケーションズがコンシューマ向けにサービスを提供すると仮定すると,東西NTTのBフレッツと完全に競合することになる。また,企業向けに限定する場合でも,企業向けBフレッツにとって大きな打撃となる。インパクトは大きい。

様子見の事業者も一様にGE-PONを検討中

 一方,東京電力や有線ブロードネットワークスなど既存のFTTH事業者は,ソフトバンクBBの新サービスに様子見の状況だ。東京電力は,「GE-PONは現在提供中の占有型のFTTHサービスに比べて初期開通工事や障害対応のハードルが高い。他社がどれだけ安定してサービス提供できるのか疑問だ」(田代哲彦・光ネットワーク・カンパニージェネラルマネージャー)と距離を置く。

 GE-PONは1本の光ファイバ上に複数ユーザーのトラフィックを乗せるため,1カ所での障害が他のユーザーに及ぶ可能性がある。また,工事作業自体が複雑でスキルを要する。一方,東京電力の占有型サービスは,1本の光ファイバを1ユーザーで利用するため,障害原因の特定がしやすい。利用する機器も枯れている。

 東京電力にとっては,速度面でもGE-PON採用のメリットは乏しい。占有型サービスは,中継網やパソコンなどの環境がよければ最大100Mビット/秒を本当に使える可能性がある。冒頭に述べたようにGE-PONも現時点では最大100Mビット/秒だ。ただ,マーケティング的に“ギガ”は魅力的。このため,「検討は開始しており,メリットがあると分かれば導入する」(田代ジェネラルマネージャー)としている。

“ギガFTTH”大競争時代に突入か

 事業者によってGE-PONに対する温度差はあるにせよ,同じ方向を向いているのは間違いがない。来年早々にもGE-PONを使ったサービスが各社から出そろい,高速性という面では差はつかなくなる。

 料金面も同様だ。ソフトバンクBBの定価にはインパクトはなくとも,孫社長は「キャンペーンは積極的にやっていく。やるからには絶対に負けない。見ていて欲しい」と実質の値下げを宣言済み。これは,「ソフトバンクBBも東西NTTから光ファイバを借りる以上,定価を下げるリスクは大きい。キャンペーン料金であれば,状況に応じて定価に戻せる」(大手FTTH事業者の幹部)からだ。実際にユーザーがサービスを選定するときは,定価ではなくキャンペーン価格が決め手となる。結果として厳しい料金競争が起きるのは必至だ。

 都心部など採算性の高いエリアでは,複数の事業者がユーザーの取り合いが激化する。GE-PONは,1本の光ファイバを分岐して最大32ユーザーで共用する。NTT局とユーザー宅の間に「スプリッタ」と呼ぶ光ファイバの分岐装置を置いて,1心の光ファイバを複数人で共用する。光ファイバを“割り勘”するため,1ユーザー当たりのコストを抑えられる。1本の光ファイバでカバーするエリア内で多くのユーザーを確保できれば,装置の収容効率が上がり,光ファイバ・コストの“割り勘”効果が出てくる。逆に,ユーザーを確保出来ないと,厳しい状況に追い込まれる。

ソフトバンクBB参入でFTTH市場が広がる

 それでもFTTH事業者の多くは表向きは「ソフトバンクBBの参入を歓迎」と強がる。その理由は,「ソフトバンクBBが加わることで,FTTHのパイを広げるのは確実だから」(USENの鈴木丈一郎・広報担当ゼネラルマネージャー)である。

 街中で複数の事業者がキャンペーン合戦を繰り広げれば,ユーザーのFTTHに対する認知度が高まる。「まずは東京の量販店でユーザーが“ADSL(asymmetric digital subscriber line)かFTTHか”ではなく,FTTHの中でサービスを選ぶようになる」(大手FTTH事業者の幹部)。ADSLとFTTHの両方をラインナップに揃える事業者がFTTHの販促を繰り広げれば,FTTHに対する追い風にも相乗効果が出てくるからだ。今年の年末商戦が,FTTH大競争時代の幕開けになりそうだ。

(山根 小雪=日経コミュニケーション