ソフトバンク・グループが,いよいよFTTH(fiber to the home)サービスに参入する。ADSLでは料金競争と高速化競争を仕掛けてきたソフトバンクBBの登場に,FTTH事業者やインターネット接続事業者(プロバイダ)は戦々恐々。NTT東西地域会社や電力グループ各社も,対抗策の準備を進めている最中だ。日経コミュニケーションでは本日から,ソフトバンク発表で揺れるFTTHサービスをレポートする。

ケイ・オプティコムより2000円も高い平凡な料金

 「Yahoo! BB 光の料金は思ったほど安くない。これなら,我々は対抗値下げしなくて済む」--。ソフトバンクBBのFTTHサービス「Yahoo! BB 光」の料金を見たインターネット接続事業者(プロバイダ)の多くが,安堵の声を漏らした。通信事業者の間では2003年前半ころから,ソフトバンクBBがFTTH参入の準備を進めているという噂が流れており,満を持しての参入をかたずをのんで見守っていたのだった。

 プロバイダやFTTH通信事業者など各社が,ソフトバンクBBのFTTH料金を各社が恐れていたのはADSL参入時の“トラウマ”があったからだ。ソフトバンクBBは,当時のADSL料金水準のほぼ半分に当たる月3000円弱でサービスを開始。ADSLの値下げ合戦の口火を切った。当然,FTTHでもソフトバンクBBは格安料金を出すはずと考えた。ところが,Yahoo! BB 光の料金は極めて平凡だった。

 戸建て向け料金を見てみると,Yahoo! BB 光は機器使用料やインターネット接続料込みで月7234円(税込み)。一方,関西のケイ・オプティコムは月5000円(税込み)と2000円も安い。集合住宅向けのサービスを見ても,Yahoo! BB 光は4095円(税込み)からだが,有線ブロードネットワークス(USEN)は月2980円(税込み)と1000円以上安く提供中だ。東京電力や東西NTTがプロバイダと連携して提供するメニューと比べても,同等で特別な割安感はない。

 なぜソフトバンクBBは,衝撃的な低料金を避けたのか。

 それには格安価格を付けたくても付けられなかった事情があった。東西NTTから借りる光ファイバのコストだ。孫正義社長はYahoo! BB 光の発表会見で,「NTTの光ファイバ・コストに大きく依存するため,めちゃくちゃな値段にはできない」と説明した。

まだまだ高いNTTの光ファイバ・コスト

 ソフトバンクBBはADSLでは銅線を,FTTHでは光ファイバを東西NTTから借りてサービスを提供する。NTTから借りる際の接続料が,銅線と光ファイバでは大きく違う。銅線の接続料は固定電話サービスの「おとくライン」のように1本丸ごと借りれば月1400円程度。「Yahoo! BB」など普通のADSLのように電話と多重するなら,たった月160円程度で済む。

 一方,NTT局とユーザー宅を結ぶ光ファイバの接続料は1心で月5000円強もかかるのだ。集合住宅なら1本の光ファイバを引き込んで複数ユーザーで共用することも可能だが,一戸建てではこれもできない。光ファイバをNTTから借りて提供する限り,FTTHサービスで格安料金を付けるのは難しい。

 光ファイバ・コストが高いのは,東西NTTがこれまで膨大な設備投資で光ファイバを敷設したにもかかわらず,ほとんど利用されていなかったからだ。東西NTTはなんとか光ファイバ・コストを下げようと,将来は大幅に利用することを見越して接続料を下げた。それでも,ほとんどの家庭が利用する銅線と比べればまだまだ高い。

共用型は使い方次第でコスト削減にも大赤字にも

 ただし,ソフトバンクBBが採用するFTTHの新技術「GE-PON」(gigabit Ethernet-passive optical network)は,一戸建てでも複数ユーザーで光ファイバを共用できるのが特徴。NTT局とユーザー宅の間に「スプリッタ」と呼ぶ光ファイバの分岐装置を置いて,1心の光ファイバを複数人で共用する。光ファイバを“割り勘”するため,1ユーザー当たりのコストを抑えられる。

 もっとも,割り勘する人数で1ユーザーのコストは大きく変わる。NTT東日本が自社向けのFTTHメニューで公表しているコストを基に接続料を試算すると,32人で共用すれば一人当たり月1400円で済むが,一人で使えばスプリッタのコストなどを含めて月6000円にもなってしまう。月7234円のYahoo! BB 光の利用料を集めた場合,東西NTTに支払う光ファイバ・コストが1500円なら利益は十分出るだろう。しかし,「一人しかユーザーがいなければ,我々には月1000円しか残らない。非常に厳しい」(ソフトバンクBB サービス規格・品質管理本部の高橋正人サービス企画部長)。共用システムを一人で使うユーザーが増えるほど,赤字が膨らんでしまうのだ。

 何人で共用するかは,FTTH事業者がどれだけ近所で多くのユーザーを集めるかにかかっている。東西NTTの共用型メニューの場合,光ファイバを共用するエリアは電柱4~6本でカバーする小さいエリアのユーザー。この小さいエリアで複数のFTTHユーザーを集めるのは難しい。このため,自社で光ファイバを保有しており,他社に接続料を支払う必要がないNTT東日本でさえも,2004年3月までは実質的に共用型システムを使っていなかったくらいだ(注)

注:NTT東日本は「Bフレッツ ニューファミリータイプ」で,他の通信事業者向けには共用型システムの接続料を公表していたが,自社ユーザー向けには占有型で提供していた。占有型の接続料はニューファミリーのユーザーの料金より高かったため,公正取引委員会は独占禁止法違反と判断。12月4日に排除勧告を出したが,NTT東日本は応諾を拒否して審判手続きを進めている。

 何とか戸建て向けFTTHに参入したかったKDDIはコスト割れのリスクを避けるために,2003年初頭から共用回線のうち1本ずつ借りたいと要望してきた。しかし東西NTTは,「他社がユーザーを集められない場合に,空いた回線の設備費用は我々が負担しなくてはならない。到底受け入れられない」と突っぱねてきたのだ。今でも,共用型の光ファイバ回線を1本ずつ貸す形態は実現していない。

100万加入実現に向けてキャンペーン作戦に

 このように,コスト割れの大きなリスクが伴うという事情が,東西NTTの光ファイバを使ったFTTHサービスの新規参入を妨げてきた。では今になって,ソフトバンクBBが参入に踏み切った理由は何か。

 孫社長は自信満々でこう言った。「FTTHはユーザー数というボリュームを集めないとコストが厳しい。ボリュームを集めた通信事業者が勝つ。我々はADSLで多くのユーザーを囲い込んでおり,共用型のFTTHサービスを始めても採算が合うようになると判断した」。同じ通信事業者内でADSLからFTTHに移るなら,メール・アドレスが変わらない上に手続きも簡単。ゼロから新規ユーザーを集めるよりも,FTTHユーザーを集めやすいのは確かだ。

 さらに孫社長は,「今回出した料金は最初の一歩。キャンペーンは,これから展開できる。詳細はいえないが,エリアや時期,製品との組み合わせで料金を変えることはあり得る。やる以上は絶対に負けないので見ていてほしい」と不敵な笑みを浮かべた。また,早期に100万加入を獲得すると宣言した。

 FTTHで100万加入というのは,極めて大きな目標だ。各地で5割以上のシェアを持つ東西NTTのBフレッツでも,開始から3年後の9月末でようやく121万を超えた状態である。Bフレッツと同等の料金のYahoo! BB 光で100万加入を集めるというからには,秘策があるはずだ。あるプロバイダは,「今後ソフトバンクBBが,どんなキャンペーンをするのか,どう販売していくのか注視しなければならない」と警戒感を強めている。積極的にユーザーを獲得することが,ソフトバンクBBにとって必須命題であるFTTH共用システムの効率利用にもつながる。

(中川 ヒロミ=日経コミュニケーション