先週9月15日,KDDIの小野寺正社長は多少緊張した面持ちで記者会見場に現れた。そして開口一番,「世界に先駆けて固定電話網のIP化に取り組む。ユーザーに低廉なサービスを提供するのが我々の責務」と宣言した。今年6月に2008年までに電話網をIP化すると発表した英BTより1年先んじるという意欲的な発表だった。しかし翌日の報道では,東西NTTの基本料値下げや日本テレコムの対抗値下げでKDDIの意図はかき消された感がある。以下では,小野寺社長の会見での発言,記者との質疑応答の内容を元に,KDDIの取るIP化戦略をインタビュー形式で再構成した。(市嶋 洋平=日経コミュニケーション

--固定電話網をIP化するというが,既存の設備を使った場合と比べて採算性が見込めるのか。
 固定電話網のIP化は,2005年度から着手し2007年度中に既存の電話交換機をすべてソフトスイッチに切り替える。IP化の設備投資は400億~600億円程度。1000億円にはならない。電話交換機をそのまま更改する場合の約半分の投資で済むだろう。既存の交換機の償却費はそんなに大きくなるとは考えていない。そもそも,交換機のメーカーが部品の供給を打ち切りたいと言ってきている。

--IP網でどういったサービスを提供していくのか。
 構築するIP網はCDN(contents delivery network)と呼ぶ。光ファイバを利用した電話サービス「光プラス電話」で利用しているものを拡大していく。光プラス電話では既にCDNを使って,既存の電話と同じ品質を確保できている。音声のパケットにQoS(サービス品質)をかけて,他のパケットよりも優先する。

 CDNを利用し,ユーザーに回線を直収するサービスを進めていく。ドライ・カッパーを利用し,ユーザーをIP網に直収するサービスが「メタルプラス」である。いまや大きな問題とはいえないかもしれないが,施設設置負担金や電話加入権が不要なサービスである。

--メタルプラスのターゲットや獲得見込みは。
 メタルプラスは家庭と企業の両方に売り込む。ISDNへの対応は考えていない。今のところ,ドライ・カッパーの回線でADSLを利用する方法について検討している。

 2005年度早期に人口カバー率を6割以上としたい。メタルプラスのユーザ数見込みについてはまだ言える段階ではない。人口カバー率については,CDNの拡張をどのように実施していくかで多少変わってくるだろう。

--メタルプラスの収益性はどうか。
 メタルプラスの通話料金は,バックボーンをCDNでIP化したことで低廉化した。もっとも,通話料金については,単純な値下げで過当な競争をやろうと思ってはいない。我々は従来の固定電話とは全く違う仕組みを投入したため,今回のサービスと料金が実現できた。従来と同じ既存の仕組みでサービスを提供するソフトバンクはどうなのだろうと思ってしまう。

 今回発表したメタルプラスの通話料金や基本料金はコスト割れをする水準ではない。料金は他社と対抗をするしないで決まるものではない。コストに基づいて設定し,利益が出る水準だ。企業としてサービスを永続的に続ける前提で料金を設定している。今の時点で値下げをするつもりはない。東西NTTからKDDIの電話網に着信する場合は,新たに接続料の収入が増えることになる。ユーザーを自社のCDNにつなぐことで,東西NTTへの依存度を引き下げる。

 加入者当たりの収益は,メタルプラスの方がマイラインより良くなる見通しだ。マイライン自体もは赤字ではない。固定電話が苦しいのは,ADSLやFTTHといった新しいサービスの拡販である。

--固定電話事業の切り離しは実施するのか。
 メタルプラスや光プラスで固定電話事業を拡大していきたい。固定電話事業をどうするかは,どこまでを固定電話とするかなど再検討している段階で,最終結論は出ていない。

--なぜ今発表したのか,ソフトバンク・グループの発表を受けて急きょ発表したのでは。
 今回のIP化やメタルプラスは,日本テレコム/ソフトバンクが固定電話サービスを発表したこととリンクしてはいない。元からこの日に発表しようと考えていた。正直に言うが,メタルプラスの料金は前から決めていた。まったく変えていない。IP電話と同様,距離によらないシンプルな体系を見てもらえば分かるだろう。東西NTTのように電話局の級局でも基本料金を区別していない。

 メタルプラスの発表にいたった大きな理由として,東西NTTの局舎でメタル回線を終端する「ネットワーク・ゲートウエイ(NGW)」の開発にメドがついたこともある。現状では(メタル線の終端とSIPの呼制御を実現する)既存の製品がない。この開発を続けていたため,メタルプラスという新サービスの提供にこぎつけた。

--メタルプラスにIPならではのサービスは用意するのか。日本テレコムのように,NTTと同様の付加サービスを用意しないとユーザーが移行しないのでは。
 ボイスメールなどIPならではのサービスについても,考えていきたい。一人1番号を持たないボイスメールが日本に根付くかどうかは疑問があるが,加入権が必要ないメタルプラスで普及するかもしれない。

 プッシュ回線については基本機能とし,料金に含めた。今は交換機にとって基本的な機能となっているので,ソフトウエア的にはなんら変わりがない。東西NTTが提供している付加サービスはものすごく多く,使われていないものも多数ある。メタルプラスはユーザーの要望が多いものから入れていきたい。サービスの開始当初に何を入れるかは,別途お伝えする。

--東西NTTは,新電電の固定電話参入で,規制緩和やグループ再編の見直しに言及し始める可能性が高い。
 東西NTTとの公正な競争条件をどのようにとらえるのか。メタルや光ファイバなどアクセスラインについてはまだまだ解消されない。また,NTTは民営化後,既に20年たっているにもかかわらず,級局の問題を解消していなかった。都市部の方が高くて,地方が安いことをNTT自身も問題だと考えていたはず。民営化したにもかかわらず,コストに基づかない制度を残している。施設設置負担金に関しても,世論が形成できていないといった理由などでやっていない。

 こういった状況下で政府がドライ・カッパーを導入してきた。ドライ・カッパーを入れれば,料金やサービスでの矛盾が出るのは分かっていたはずだ。プッシュ回線の料金はなぜ徴収しているのか。民営化で当然やらなければいけないことをやっていない。我々KDDIが参入して苦しくなる。当たり前だ。東西NTTは過去に,基本料金を11%から13%も値上げしたりもしている。

 固定電話をIP化すればコストが下がる。NTTも進めれば下がる。コスト構造を変えるには,思い切ったことをやらなくてはならない。そうしなければ,日本の通信インフラが高コストのままだ。