IP電話を新たに導入する企業ユーザーにとって,拠点を結ぶ中継網をどう構成するか,どんな通信サービスを選ぶかは極めて重要なファクターだ。「緊急連載:企業ネットワーク実態調査」の第2回となる今回は,この話題にスポットを当ててみたい。

 IP電話はNTTの加入電話の代わりに使うわけだから,ある程度の音質や信頼性が要求される。しかし,そのためにコストが増えては元も子もない。コスト削減だけなら,NTTの回線を内線に利用する手もある。

 せっかく「IP」電話にするのだから,データとIPを統合するという発想が出てくるのは自然の流れといえるだろう。実際,高価な専用線のユーザーは,一つの回線にデータと音声をIPで統合。音声をデータより優先的に制御するQoS(音声品質)などの仕組みを盛り込むのが常とう手段だった。音声統合用の企業向けルーターなど機器も市場に多数ある。

 ただ筆者は普段の取材から,最近は音声とデータを統合するユーザーばかりではない,と感じ始めていた。広域イーサネットやインターネットVPN(仮想閉域網)などの新型WANを積極的に活用して,音声とデータを別々のネットワークにする企業が増えている。この感触を数字として裏付けるべく,日経コミュニケーションが毎年実施している企業ネットワークの実態調査において,IP電話やVoIPなど音声ネットワークの構成や通信サービスの種類に関する詳しい質問を盛り込んだ。

音声とデータを分離するユーザーが主流に

図1●2004年内にVoIP/IP電話の中継網を構築予定の企業は4割近くがネットワークを分ける
2004年内に構築予定の企業に聞いた(回答101社)
図1
 今まさに構築中の企業ユーザー,すなわち2004年中にIP電話やVoIP技術で内線網を構築するユーザーの調査結果を見てみたい。データと音声を分離するユーザーが4割弱,統合するユーザーが3割弱と,分離派が統合派を上回ったのである(図1)。

 統合から分離へ・・・。その潮流の源を探るべく,全国のユーザーに取材を敢行した。その結果として多くのユーザーが考え抜いた末に,音声とデータのネットワークを分離していることが分かった。ここでは,産業用ロボットを得意とする機械メーカーの安川電機,ボーリング場を核とした娯楽施設を全国に展開するラウンドワンの事例を紹介させていただく。いずれも最初は音声とデータの統合ネットワークを考えていたのに,最終的にはネットワークを分離したというケースだ。

QoSのコストや手間が負担に

 なぜ両社は統合をあきらめて,音声とデータを分離するネットワークを選んだのか。音声とデータを統合する場合にネックとなったのが,QoSの導入である。具体的には,実現するために必要な機器コストや設定・運用の負荷が障壁となった。

 ラウンドワン管理部の長渡恒久ディレクターは「音声とデータを統合するためには,高価なルーターを導入して音声パケットを優先させるなどの工夫が必要。初期コストがかさむ」と語る。安川電機は「拠点にある各ルーターのQoS設定をするとなると手間がかかりすぎる」(同社のネットワークを管理する安川情報システムのソリューション&サービス事業本部の阿南裕一氏)とする。

 安川電機は音声/データ統合のデメリットをもう一つ挙げる。システム変更の柔軟性が確保できなくなると危惧したのだ。「データと音声を1本のWANサービスに統合した場合,どちらかのシステムを変更しようとすると,もう一方にもシステム停止や帯域不足などの大きな影響が出かねない」(安川電機の業務改革推進本部の松本豊樹課長補佐)と判断した。

2系統でシステム更新の自由度を確保

 安川電機は2004年に入って,主要拠点をつなぐWANをATM(非同期転送モード)回線から広域イーサネットに乗り換えた。ATM回線ではデータと音声を統合していた。しかし今回は回線帯域を最大で6倍まで拡大できたにもかかわらず,データと音声は統合しなかった。それぞれ別の広域イーサネットで2系統のネットワークを構築した。データは4月,音声は7月にそれぞれ移行した。

 それでも回線の運用コストは,現状とほぼ同じで済んだ。1.5Mビット/秒のATMを,2M~10Mビット/秒の広域イーサネット,それも2系統に強化できた。広帯域なサービスのコストを急激に引き下げた新型WAN活用の好例といえるだろう。

安価なブロードバンド回線で電話網を構築

 安川電機は音声とデータを統合していた中継網を分割することで,音声とデータを分離するネットワーク構成をとった。これに対しラウンドワンは,音声回線用に新たな中継網を導入した。

 実際には安価になったブロードバンド回線をIP電話の“音声専用回線”として利用することにした。このためにNTTコミュニケーションズのIP電話網へのアクセス回線として東西NTTの「フレッツ・ADSL」を選択。新たなADSL回線を45拠点に導入した。

 これまで同社はNTTの加入電話を利用し,内線通話を実現していた。これに対し,Webアプリケーションやインターネット接続,電子メールの送受信にはIP-VPNサービスを使っていた。しかし今年,IP電話を導入するに当たり,IP-VPNに音声を乗せなかった。

 「もはや高価なWAN回線で統合する時代ではない。導入費用と月額利用料が安価なブロードバンド回線を利用しない手はない」(長渡ディレクター)と判断したのである。広域イーサネットやIP-VPNなどのWANサービスだけでなく,ADSLやFTTHなど家庭向けのサービスも,IP電話網へのアクセス回線として利用する先駆け的なケースといえる。

中継網は“インターネット”に

 では,IP電話を導入する企業ユーザーは中継網にどのような通信サービスを使っているのか。今回の調査では,一つの傾向を見出すことができた。インターネットVPNの勢力拡大だ。

 IP電話を構築済みのユーザーは,4割強と過半数がIP-VPNを中継網として利用しているのに対し,2004年中に構築予定に絞るとインターネットVPNを選択するユーザーが倍増している(図2)。逆にIP-VPNは10ポイント近くも急落している。

図2●VoIP/IP電話に利用する中継網の違い
図2

 インターネットを音声網に利用する最大のメリットは,導入の手軽さにある。例えば,PBXのアナログ/ISDNポートとIP電話用のアダプタを接続。そしてIP電話のアダプタをADSLモデムやFTTHのユーザー端末につなぐだけで,ユーザー側の準備の大半は済んでしまう。

 まだ少数派だが,インターネットに接続していればいいという接続事業者(プロバイダ)に縛られないIP電話サービスもある。ベンチャー企業への投資を手がけるジャフコは,こうしたサービスを利用して,内線電話網をインターネットへと完全に移行した。

 次回は「発見! IPセントレックス・サービスの意外なユーザー像」をお届けする。企業内の内線網を通信事業者のIP電話サーバーでコントロールするIPセントレックス・サービス。この手のサービスを導入するユーザーは東京ガスのような大企業で,社内の構内交換機(PBX)はすべて撤去??。こんなイメージを抱いていないだろうか。実は,IPセントレックス・サービスの実際のユーザーはこうしたイメージとは,かけ離れたものだった。

(市嶋 洋平=日経コミュニケーション