「バッテリーはどれくらい持つのかな」,「音質は意外といいんだね」,「いくらで発売するのか具体的に知りたい」--。記録的な猛暑が続いた7月中旬のある午後。東京都内のホテル宴会場の一角は,クーラーの効き目が及ばないほどの熱気に包まれていた。会場に集まった企業の情報システム担当者が取り囲んでいたのは,NTTドコモの最新携帯電話機である(写真)。この日,NTTドコモの法人営業部門は自社の企業顧客を全国から集めてプライベート・セミナーを開催。発表直後の第3世代携帯電話「FOMA」と無線LANの一体型端末「N900iL」を,初めてユーザー向けに公開した。

 端末の発売は早くても9月。だが既に,同端末を1万台以上導入すると決断した企業もいる。それが,大阪ガスだ。2005年5月から主要49拠点に順次展開すると発表した。同時にこの端末と組み合わせるIP電話インフラも構築し,年間で合計4億5000万円ものコスト削減効果を引き出すという。

 これほどの導入規模とコスト削減効果が実現すれば,2002年12月の「東京ガスが内線電話をすべてIP電話に置き換える」というニュースに端を発したIP電話ブーム,いわゆる“東ガス・ショック”に並ぶインパクトがある。この動きを早くも「大ガス・ショック」と呼ぶ声さえあるほどだ。

 NTTドコモは端末の開発段階から水面下でユーザーに情報を開示し,本格的な商談を実施。端末の発表やプライベート・セミナーの開催のタイミングに合わせて本格導入事例を大々的にアピールした。こうした新製品の販売手法は,NTTドコモにとって異例中の異例。それだけに,この端末に賭ける同社の意気込みが伝わってくる。

PBXメーカーを仲間に引き入れる

 N900iLに賭けているのはNTTドコモだけではない。本誌取材によればN900iLの発表と並行して,IP-PBXのメーカーやIPセントレックスの提供事業者,システム・インテグレータが対応を急いでいることも判明した。

 屋外ではFOMAとして利用するN900iLは,屋内すなわち内線では,VoIP(voice over IP)技術と無線LANを使ったIP電話機として利用する。このためNTTドコモは端末の開発当初から,IP-PBXメーカーやIPセントレックス事業者に協力を呼びかけてきた。実際3月ころから,N900iLの端末スペックを完全に実現するための接続仕様を事業者に積極的に開示していた。まずNECが先行してSIPサーバー「SV7000」に,N900iLとの接続インタフェースをフルに実装。端末の発売当初から,保留転送や代表着信といった内線電話機能を実現できるようにした。

 富士通や沖電気工業など他のIP-PBXメーカーも,対応作業を急いでいる。電話の発着信などごく基本的な電話機能であれば,端末の発売当初から実現できる可能性が高い。IPセントレックス・サービスを提供する通信事業者の間にも,NTTコミュニケーションズのように「N900iLが発売された時点で,すぐに当社のサービスと接続できるようにする」という声がある。

真の狙いはFOMAのデータ利用拡大

 だが,N900iLを使った内線電話システムを単に音声通話に使うだけなら,ユーザーにとってさほど目新しいものではない。これまでにもPHS端末を内線端末に使う「事業所コードレス・システム」があった。また,NTTドコモにとっても“うま味”は少ない。内線通話には携帯電話ネットワークを使わないため,その分の音声通話収入が得られないからだ。

 NTTドコモがN900iLに託した真の狙いは, IP電話インフラに“便乗”してFOMAの企業ユーザーを増やし,イントラネットへのアクセス用端末としてどんどん使ってもらうことにある。パケット通信料の収入拡大に加えて,NTTドコモの法人営業部門やパートナ企業が法人向けの情報システム・ソリューションの一環としてFOMA端末を販売。企業のシステム導入・運用を代行するという新規ビジネスで稼ぐわけだ。

 このためN900iLでは,情報端末としての機能を高めてある。通話相手が電話に出られるかなどが分かるプレゼンス機能やインスタント・メッセージの送受信機能を実装。無線LANの電波を検知することで,相手がオフィスの中にいるのか外にいるのかも把握できる。またWebブラウザを内蔵して,無線LAN経由でもFOMA経由でもイントラネット端末として使えるようにしてある。

 このようにN900iLは単なるVoIP端末ではなく,FOMAを企業システムへ浸透させるための切り札となる。接続先のIP-PBXやIPセントレックス・サービスの対応が進むことで,企業ユーザーの導入機運がいっそう高まりそうだ。

(2)KDDIの「OFFICE WISE」の謎,なぜサービスは11月スタート? は7月27日にお送りする予定です。