ソフトバンクが日本テレコムを,米カーライル・グループがDDIポケットを,と相次ぐ大型買収。英ボーダフォンは日本法人の上場を廃止し,完全傘下に収める予定。絶好調auのおかげで勝ち組のKDDIですら固定通信部門の分社化を計画中だ。さらに5年前に再編したNTTグループにも再々編の必要性を問う声が出ている。日経コミュニケーションは本日より,当サイトで「通信業界再編」を緊急連載。激動する通信業界を分析する。

3年で大手事業者の一角に

 5月27日午後6時。東京・目白のフォーシーズンズホテル椿山荘 東京は異様な雰囲気に包まれていた。普段は閑静なこのホテルは,緊急招集された300人近いマスコミ・金融関係者でごった返していた。

 案内の主はソフトバンクの孫正義社長。マスコミ各社に発表の案内ファクシミリが届いたのはわずか1時間半前という慌しさだった。孫社長が記者会見を開く際にいつも利用するホテルオークラは場所が確保できないほどの緊急振りだった。

 定刻を20分ほど過ぎてから,孫社長は登場した。ダーク・スーツに身を包み,殺気立つ報道陣とは対照的に,ゆったりとした足取りで壇に上がる。少し遅れて,日本テレコムの倉重英樹社長,米リップルウッド・ホールディングスのティモシー・コリンズCEO(最高経営責任者)が続いた。

 そして孫社長は,普段と変わらない,落ち着き払った声でリップルウッドから日本テレコムの買収を発表した。「つい先ほど,買収に合意し契約書に調印しました」--。連結売上高1兆円,提供回線数は約1000万の国内3位の大手通信事業者が誕生した瞬間だった。

 2001年9月にADSL(asymmetric digital subscriber line)サービス「Yahoo! BB」を開始以降,常識破りと言える低料金とアグレッシブなサービスを展開してきた“異端児”ソフトバンクは,わずか3年でNTT,KDDIに次ぐ大手通信事業者に上りつめた。

短期間で決まったスピード買収

 「ソフトバンクが目指すのはブロードバンドのナンバーワン企業。事業規模拡大には,あらゆる戦略を取る。今回の買収はその戦略を具現化したもの」--。孫正義社長はマスコミ・金融関係者に向けて買収の狙いを語った(写真)。孫社長が目指すのは収益基盤の拡大。既に400万以上の加入者を抱える個人向けサービスに加えて,収益性が高いとされる法人顧客をさらに増やすことで,収入源を安定化させる考えだ。「Yahoo! BBの個人市場の強みと,日本テレコムの法人市場の強さは最適な補完関係にある」(孫社長)

 買収される日本テレコムの倉重社長も「こんなにビジョンが一致する組み合わせは珍しい」と相思相愛ぶりを強調。今年2月の日本テレコム社長就任後に策定した企業ビジョン「ネットワーク社会のライフ・スタイル,ワーキング・スタイル,ビジネスモデルを提唱し,最先端の技術を使って実現する」というコンセプトは,「ソフトバンクが目指す姿にとても近い」(倉重社長)とニンマリ顔だ。

 日本テレコムをソフトバンクに売却するリップルウッドも,「日本テレコムとソフトバンク双方にとって大きなチャンス」(コリンズCEO)と判断した。英ボーダフォン・グループからの買収価格約2600億円を800億円も上回る約3400億円で売却できることや,ソフトバンクの新株予約権を取得できるなど金額面の好条件が,本格交渉が始まった3月から約2カ月でのスピード買収につながった。加えて,孫社長の意思決定の早さも,東京電力など水面下で連携を模索していた他の交渉先を出し抜く結果となったようだ。

「法人に強いブランドが欲しかった」

 孫社長が日本テレコム買収の効果として最も強調したのは「通信事業者として積み重ねてきた,実績に裏打ちされた信頼感を生かせる」こと。法人市場で,特に大手企業を獲得するためには必要不可欠な要素である。

 ソフトバンクは以前から,法人向けにYahoo! BBのバックボーン・ネットワークを利用したインターネットVPNサービスや,IP電話サービスを提供してはいた。だが,ソフトバンクには低料金を売りにユーザーを拡大してきた反動で,「安さだけが魅力」というイメージが定着しつつある。孫社長自身も「ソフトバンクBBは安心感や信頼感という点で,反省すべき点が多い」との自覚がある。

 折しも2月に発覚した顧客情報流出問題によって,ブランド・イメージは著しく傷ついている。サービス料金と同時にブランドから来る信頼感がサービス選択の重要なポイントとなる法人向け市場では,致命的なマイナスになりかかっていた。

 そんなソフトバンクにとって,JRグループを母体とし,20年近くの歴史を持つ日本テレコムのブランドは大きな魅力。日本では他の通信事業者に先駆けてIP-VPNサービス「SOLTERIA」を開始した技術力もある。さらに,日産自動車や全日本空輸といった優良顧客や,ネットワークの運用ノウハウも丸ごと手にすることができる。

法人市場の収益性は不透明

 会見の場では「明日から早速,倉重社長と打ち合わせを始める」と笑みを浮かべた孫社長。日本テレコムと連携した事業構想は,既に頭の中に描かれているようだ。「社内ネットはIP-VPN,社外からはYahoo! BBを使ってシームレスに接続するサービスなども考えられる」(孫社長)。こうしたサービスの統合による効果などで,年間で約500億円の収益増を見込む。「日本テレコムの従来の収益である約850億円と合計して,年間で約1350億円の収益を生み出せる」(孫社長)。

 ただし,孫社長の思惑通りに収益力強化を進められるかどうかには,不透明な部分が少なくない。最大の課題は,法人向けの競争環境市場が激しい料金競争にさらされていること。日本テレコムの法人向けデータ通信サービスの中核であるIP-VPNや広域イーサネット・サービスは,ほぼすべての大手通信事業者が提供中。サービス内容で違いを打ち出しにくい状況にあり,現状は値下げ合戦だけの消耗戦に陥っている。利益を上げるためには,新サービスの開発や,ソリューション事業の強化が急務。成果が出なければ,孫社長のビジョンは絵に描いた餅で終わってしまう。

 もっとも,こうした点については日本テレコムの倉重社長も認識している。「企業がネットワークを使って何ができるのかまで提案できなければ,他事業者との違いは打ち出せない」(倉重社長)。新サービスやソリューションを生み出すための組織改革にも着手した。

 孫社長と倉重社長の本格的な連携はこれから。日本テレコムの買収効果を戦略通りに高められるか,失敗に終わるか。すべては今後の二人の事業展開にかかっている。

(蛯谷 敏=日経コミュニケーション)