米国第2位のユーザー数を持つ携帯電話会社シンギュラ・ワイヤレスは2月17日(現地時間),第3位のAT&Tワイヤレスを買収することで合意したと発表した。株主総会やFCC(米国連邦通信委員会)の承認などを経て,2004年下期に約4600万ユーザーを誇る超大型携帯電話会社が誕生する見通しとなった。3750万ユーザーを確保するベライゾン・ワイヤレスを抜き去り,ユーザー数で首位に立つ。

 現在のAT&Tワイヤレスの筆頭株主は,約16%(約4億3300万株)を保有するNTTドコモ。今回の買収にともない,ドコモは保有株式の売却とiモード・サービスなどのノウハウや技術のライセンス提供の道を探り出したようだ。

 シンギュラは,AT&Tワイヤレスの株式を一株あたり15ドルで買収する計画である。つまり,ドコモが保有株式をすべて売却すると約6500億円になる。ただし,ドコモはAT&Tワイヤレスに約1兆1900億円を投資しており,すでに約9000億円の減損処理もした。会計上はマイナスになる。しかも,iモードの全米展開が実現していない上,FOMAと同じW-CDMA方式の第3世代携帯電話(3G)サービスの商用化も遅れている。

 ドコモからすれば,シンギュラによるAT&Tワイヤレスの買収は,プラスにもマイナスにもなりうる。シンギュラと良好な提携関係を築くことができれば,iモードをはじめとしたドコモの多様なサービスを全米に展開したり,W-CDMA方式の3Gサービスを早く商用化させるチャンスになる。しかし,提携に失敗すれば,ドコモは米国進出の足がかりを失うことになる。

 米国は国土が広大である上に,無線周波数の提供条件が日本とは異なるため,全米をくまなくカバーする携帯電話会社はいない。シンギュラは,AT&Tワイヤレスを買収することによって,競合他社よりも広域な利用エリアを確保できる。これは,利用エリア内での通信品質の向上にもつながる。また,ユーザーから見ると,端末ラインナップが増えるというメリットもある。

 ドコモがシンギュラとの技術提携に成功すれば,近い将来,ドコモ・ユーザーにメリットをもたらす可能性がある。例えば,ドコモ・ユーザーが米国を訪問した際,広域で高品質な通話サービスを利用できるようになる。また,iモードなどのデータ系のサービスも米国で利用可能になる道が開ける。

 シンギュラもAT&Tワイヤレスも,欧州標準GSM方式の携帯電話サービスを提供中である。このため,W-CDMA方式の3Gサービスを始める可能性が高い。GSMとW-CDMAは規格に共通部分が多いため,GSMから3G方式へ移行する際はW-CDMAを選ぶのが最もコスト・パフォーマンスが良いからである。しかも,「買収によって保有する周波数が増えるので,3Gの商用化を加速できる」(シンギュラ)。

 W-CDMA方式は,ドコモの3Gサービス「FOMA」でも採用している規格。つまり,シンギュラとの提携内容次第では,日本のFOMA端末を米国に持っていっても,日本にいる時と同じように使えるようになる。また,端末メーカーがFOMAと同じ仕様のW-CDMA端末をシンギュラに納入できる日が来るかもしれない。量産効果でFOMA端末の価格が下がるという期待もある。

 AT&Tワイヤレスから買収合意の通知を受けたドコモは2月17日,「株主価値最大化の観点から,最善の策を講じてゆく」とだけ発表している。具体的な今後の米国戦略については明らかにしていない。

(杉山 泰一=日経コミュニケーション)