![]() |
ソフトバンクの孫正義社長によるIP電話の“基本特許”出願宣言は,通信サービスの関係者に波紋を投げかけている。IP電話の基礎となるVoIP(voice over IP)の本場である米国における特許事情について,米国特許弁護士のピーター・シェクター氏に聞いた。同氏は米ニューヨーク市のダービー&ダービー法律事務所に所属。通信業界やハイテク業界の特許に詳しく,数多くの特許係争に携わっている。(聞き手は市嶋 洋平,閑歳 孝子=日経コミュニケーション)
--まず,米国における通信やハイテク分野における特許訴訟の状況について教えて欲しい。
通信やハイテクの分野において,高額な訴訟費用を要する案件が確実に増えている。特に,通信サービスで利用が進む光ファイバーなど幅広く使われるようになった分野では,訴訟件数や費用の伸びが顕著になっている。
--IP電話の特許に関してはどうか。
IP電話はさまざまな要素技術を組み合わせて提供するもので,それぞれに特許が存在する。一般論として,インフラに近い技術のほうがより大きな影響力を持つ。ネットワークとして大きく見れば,ルーターもIP電話に関わる特許と言えるだろう。シスコ・システムズはさまざまなルーター技術を押さえているので,これがIP電話に大きな影響を持つ可能性は十分にある。
--ソフトバンクはIP電話の“基本特許”を出願しており,成立したらライセンスしないと言っている。
通信業界において誰もが認める強い特許というのは,私の知る限りでは無いと思う。通信業界で,他の企業が入って来れないように権利を押さえるというケースは聞いたことがない。ある一つの会社が特許を独占的に行使し他の会社を締め出そうとすると,その締め出されようとしている会社がさらに他の会社を締め出そうとする。互いに締め出しあいになり,通信業界に誰も残らなくなるのではないか。
--ソフトバンクの孫正義社長は特許が成立していない時点で,権利の行使に関して発言している。
特許の所有者が権利特許権の行使で成功したいと考えるのであれば,普通は対象となるシステムの修正が難しくなるまで待つ。余りにも早期に宣言すると,相手に修正の機会を与えてしまい,結局逃げられてしまうからだ。成立前に特許について言及してしまうと,通常は周囲が尊重しなくなる。たとえ成立したとしても懐疑心を持たれてしまう。
米国では,特許はまず裁判で“テスト”されるべきだと考えられている。仮に成立したとしてもその後に裁判などを経ないと,どの程度の有効性があるのか分からない。広範囲にライセンスを行使しようとするならば,なおさらである。
--ソフトバンク以外に流通システム開発センターという団体がIP電話の“基本特許”を持っていると主張しており,米国でも特許を出願し成立させている。
流通システム開発センターの出願は,IP電話について調べるため米国特許庁のデータベースを検索したところすぐにヒットした。この特許の情報量はものすごい。分析するには専門家でもゆうに何百時間はかかるだろう。今後IP電話で特許を取得しようとする関係者が“つまずく”ことがあるかもしれない。
--IP電話の特許を1社が独占することは可能か。
IP電話は分野としては新しい。どの特許が王様(King)であると決めるのはまだ早い。IP電話関連では,米国特許庁で少し調べただけでも数百もの特許が出てくる。
そもそもIP電話の技術は,インターネット電話サービスが商用化される前からある。80年代から論文が発表され,94年から97年まで多くの動きがあった。つまりソフトバンクのように2000年あたりから出願を始めた会社が,IP電話で幅広い権利を押さえることができるとは考えにくい。
--IP電話で特許訴訟が起きたらどうなるか。
前述したようにさまざまな会社や団体が特許を保有しているので,紛争が落ち着くまでには時間がかかるだろう。紛争は米国だけで収まらず,日本や欧州でも起こる可能性がある。