長野県の住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)に関する審議会「本人確認情報保護審議会」に出席した田中康夫知事は5月28日,「システムの維持と個人情報の保護の両立は極めて難しい」と,住基ネット離脱を示唆するコメントを残した。

 同審議会は「個人情報保護の観点から住基ネットから離脱すべき」との報告書を同日まとめた。この結果を受けて,田中知事が最終的な判断を下す。長野県が離脱すれば,都道府県としては初めての住基ネット離脱となる。田中知事は,明確な態度を表明しなかったものの,離脱を表明する可能性は濃厚となった。

 長野県はすでに2002年8月に住基ネットを稼働させている。第1段階として,県や120の全市町村で導入し,国の年金業務の処理などに使っている。今年8月の第2段階で,住民レベルでの運用を始める予定だった。しかし,長野県が住基ネットから離脱すると,県内すべての市町村が住基ネットを使えなくなる可能性が出てくる。長野県内すべての市町村は,第2段階で県が設置するゲートウエイ機器を通して住基ネットに接続する格好だからだ。

 もっとも離脱に反対する長野の市町村もある。審議会委員の一人は「仮に知事が住基ネットからの離脱を宣言したとしても,市町村が使いたいと申し出れば接続せざるを得ないだろう。脱ダム宣言のようにトップダウンですべてが決まる話でもなさそうだ」と語る。

 審議会が離脱を決断した理由は大きく二つ。市町村のシステムや人的な準備が整っていないこと,そしてセキュリティを高めるためにかかるコストだ。

 審議会は,長野県下120市町村の現場職員に住基ネットのアンケート調査を実施。112市町村から回答があったが,9割以上が「自治体の負担が大きい割に,メリットが少ない」と答えたという。聞き取り調査では,住基ネットの担当責任者が「コンピュータの操作もよく分からず,とにかく不安」と答えたケースもあったという。

 ネットワークの実態調査では,セキュリティが低いことが判明。長野県下27の市町村で,インターネットを利用する庁内のパソコンと住基ネットのネットワークがルーターやスイッチで物理的に接続できる状態になっていたという。同じネットワークに存在しているケースもあった。審議会の試算では,住基ネットとインターネットへの接続を24時間365日監視するセキュリティのサービスを導入すると,長野県の規模で5年間で累計約80億円の追加投資が必要になる。

 同審議会は2002年12月に発足した。長野県協同電算ネットワーク部長の佐藤千明氏,信州大学工学部情報工学科教授の不破泰氏,セキュリティ・コンサルタントの吉田柳太郎氏,ジャーナリストの櫻井よしこ氏,弁護士の清水勉氏,上伊那情報センター所長の中澤清明氏が名を連ねる。

 今回審議会が出した結論は以下の5項目。

(1)県は,県民の個人情報保護の観点から,当面住基ネットから離脱すべきである。

(2)県は,市町村が独自の判断で緊急の「必要な措置」として,住基ネットから離脱しようとする場合には,これに協力すべきである。

(3)県は(1)の実行に先立って,県内市町村長および各市町村の住基ネット担当職員と,本審議会で調査した県内の住基ネットの実情について意見交換の場を設け,実情に関する理解を共通にするように努力をすべきである。

(4)県は(1)の実行に先立って,県民に対して本審議会で調査した県内の住基ネットの実情を知らせる機会を設け,県内の住基ネットの実情に関する理解を共通にするように努力をすべきである。

(5)県は,上記(1)ないし(4)と並行して,他の都道府県に対して,長野県の住基ネットの運用の実情を説明して,住基ネットの問題点について共通理解を広め,他の都道府県とともに国に対して,住民基本台帳法の改正を含めて,今後の住基ネットの運用について根本的な見直しをするよう働きかけるべきである。